第186話

 泣いた。

 

 

 里見の手紙を読んで。

 

 

 読みながら泣いた。

 

 

 読み終わっても泣いた。

 

 

 

 

 

 泣いても泣いても泣いても泣いても、涙は全然、止まらなかった。止まることを知らないみたいに、止まらなかった。

 

 

 

 

 

 里見。里見。里見里見里見。

 

 

 

 

 

 もうこの空の下のどこにも居ないって、そんなの信じられない。信じたくない。

 

 

 

 

 

 里見。

 

 

 

 

 

 何度も呼んだ。

 

 

 七星の腕に抱かれながら、呼んで、泣いた。

 

 

 

 

 

 そしてもう一度見た手紙。字が。ボールペンの字が、所々滲んでいるのを見つけてまた泣いた。

 

 

 

 

 

 里見。

 

 

 お前も泣いたの?泣きながらこれを書いたの?

 

 

 そのとき、お前の側に誰か居てくれた?こうして抱き締めてくれる腕はあった?

 

 

 

 

 

 七星が、泣き止まない僕をぎゅっと抱き締めてくれた。

 

 

 抱き締めてくれている七星も泣いていた。

 

 

 こまめが、泣く僕たちの足元で鼻を鳴らしていた。

 

 

 

 


 みんなで泣いた。

 





 好きだったよ。

 

 

 僕もずっとずっと好きだった。

 

 

 その気持ちにウソはないよ。

 

 

 今も、今だって里見は。里見を。これからもずっとずっと。

 

 

 

 

 

 絵。

 

 

 最後にあげたぴょんとまるの絵。

 

 

 そして最終巻。

 

 

 持って行きたいと言ってくれた、あれが僕の、里見への全部。

 

 

 

 

 

 里見。

 

 

 

 

 

 里見。

 

 

 

 

 

 呼びたい。呼びかけたい。呼んでるだろ?返事しろよ。

 

 

 

 

 

 里見。

 

 

 

 

 

 ねぇ、お願い。空を見て。

 

 

『今居るそこ』から、空を見て。

 

 

 僕も見る。見上げるから。

 

 

 

 

 

 ねぇ、きっと、僕たちの間には、同じ空があるんだよ。ぴょんとまるの間のように。

 

 

 だから見て。見上げて。僕を見て。

 

 

 

 

 

 今のこの幸せは、里見がいてくれたからこその幸せなんだ。

 

 

 里見が僕を、幸せに導いてくれたんだ。

 

 

 本当だよ。本当にそれが、本当なんだ。

 

 

 

 

 

「………里見。………里見ぃ」

 

 

 

 

 

 しばらくの間僕は、七星にしがみついて、小さい子どもみたいに………泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「豆太‼︎こまめ‼︎豆の助‼︎」

 

 

 

 

 

 5月。

 

 

 

 

 

 初夏の風が吹く、日差しが強くなり始めた空の下。

 

 

 パグの豆トリオを呼ぶ理奈ちゃんの声が、ミモザの木の庭に響いた。

 

 

 

 

 

 今日は前から約束していたバーベキューの日。

 

 

 来ているのは久保家の家族全員と………僕の家族全員。

 

 

 

 

 

 もう何度目だろう。こうして『家族全員』でここに集まるのは。

 

 

 

 

 

「豆太ー‼︎こまめー‼︎豆の助ー‼︎」

「こけるわよ、理奈」

「だいじょうぶー」

「あんたの大丈夫ほどアテにならないものはないわ」

「だいじょうぶー」

 

 

 

 

 

 豆トリオを追いかけてぐるぐるまわっていた理奈ちゃんが、だいじょうぶーの直後に転んだ。

 

 

 うわーんって声が、大きく響いた。

 

 

 まわりで見ていた僕を含む、でも美夜さんを除く大人たちが一斉にどよめいた。あたふたした。

 

 

 

 

 

「だから言ったでしょー。もう」

「まあまあ、美夜さん」

 

 

 

 

 

 よいしょって、健史さんの手を借りて椅子から立ち上がった美夜さんのお腹は、大きかった。

 

 

 そこには新しい命が宿っていた。

 

 

 

 

 

「真澄くん、いつものケーキ冷蔵庫にあるから忘れないでねー」

「はーい」

「ねぇ、七星くん、手軽にできる筋トレ教えてよ。最近うちの親父の腹が劇的にヤバイ」

「そうなんですか?んー、腹で手軽って、普通に腹筋じゃないですか?座った状態で前後するだけでも結構違いますよ」

「だよな?やっぱ腹筋だよな?父ちゃん腹筋だって。グダグダ言ってねぇでやれよ。まじヤバイぞその腹」

「………」

「そういう歩さんはどうなんですか?」

「オ…オレ⁉︎オレはいいんだよ、まだ若いから‼︎」

「いや、俺より年上っすよね。とっくに30オーバーですよね」

「じゃあそう言う七星くんはどうなんだよ⁉︎スポーツジムのトレーナーなんだし、もちろん割れてるんだよな⁉︎」

「俺ですか?俺はもちろん、割れてますよ。ほら」

「もー、血も出てないし大丈夫よー」

 

 

 

 

 

 おおー。

 

 

 うわーん。

 

 

 

 

 

 さすが大人数なだけあって、庭は僕の耳が追いつかないぐらいカオスになっていた。

 

 

 ご近所さんから何か言われる日も、もしかしたら近いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 なんて。

 

 

 

 

 

 ………笑う。

 

 

 賑やかな庭を見て。

 

 

 

 

 

 平和で幸せな悩みだね。

 

 

 

 

 

 そのとき、たたたたって足元にこまめが走って来て、僕はこまめをよいしょって抱き上げた。

 

 

 少し臆病なこまめに、今の歓声と泣き声はこわかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 庭の向こうでは、豆太と豆の助がまだ元気に走り回っていた。

 

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