第184話
「………里見?」
それは、今年も庭のミモザの木の鳥箱に鳥がやってきた春のことだった。
僕はその日、こまめと日向ぼっこをしながら、定期的に出版社から送られてくる読者さんたちからの手紙を読んでいた。
僕が描いているのは主に絵本なだけに、来る手紙は小さな子とそのお母さんからというのが多い。ほとんどがそう。
カラフルなレターセットに、ぴょんやまる、新しく出した絵本の豆太、こまめ、あずきが描かれた手紙。
そんな中に、不自然なほど普通の白い封筒を見つけて、僕はそれを手に取った。
字。
出版社の住所に僕の名前。
その字だけで分かった。それが里見の字だと。
どうしてか、心臓がどくんと大きく跳ねた。
震え出した手。
封筒を裏返せば、そこにはやっぱり。
里見千裕って。
「七星‼︎」
一気に不安になって、こわくなって、僕は今日遅番出勤で、たまたまこの時間にうちに居た七星を大声で呼んだ。
僕にくっついて寝ていたこまめが、僕の声にびくってなって起きた。
「どうした?」
七星がすぐに来てくれた。
でも、僕は七星の方を見ることもできなかった。手紙から目をそらすことができなかった。
だって。
だって。
SNS。
里見が続けていたSNSの更新が、もうずっとされていない。
でも、それでも、更新されていなくても、しばらくは七星がやっているSNSに来ていた。足跡を残してくれていた。
そう。
1ヶ月ほど前、までは。
でも最近は。
最近は、それも。
「………里見さん?」
「………」
過ぎていた。
里見の命の期限は、もう。
でも里見は。
里見は。
七星のSNSに里見を見かけなくなってから、僕と七星で里見のことを話すことはなかった。
もしかしたら。
もしかしたら。
それが僕と七星の共通認識で。
でも、実際どうなのか、僕たちには知りようがなかった。
そんな中、突然届いた、これ。
この手紙には、一体何が書かれているっていうの。
里見。
手紙を持ったまま動けないでいる僕を、七星が片方の手で抱き締めてくれた。
「あ、お疲れさまです、久保です」
片手で僕を抱きつつ、ごそごそと動いていた七星が、どこかに電話をかけていた。
口調からして、職場だ。
「店長すみません………昨夜から俺、すげぇ腹くだってて………トイレから離れられないんです」
七星。
びっくりして、七星を見た。
え?って。
「そう、こないだ主任もそうだったじゃないですか。結果胃腸風邪だってってやつ。………あ、今もトイレです。はい、すみません」
話しながら、僕の髪を撫でてくれる。
側に。
七星。
そうやって、嘘をついてまで仕事を休んで、側に居てくれるの?
まだ何が書かれているかも分からないのに、僕が何も言っていないのに。
当たり前のようにそうしてくれる七星が愛しくて。愛しくて………泣いた。
「はい、落ち着いたら病院行って、帰ったら電話します。病院夕方になるかもです。はい、もうまじやばいです」
すみませんって最後七星は言って、スマホを床に置いた。
そのまま僕は、七星の両腕に抱き締められた。
「店長たちには悪いけど、今日はずっと居る。だからとりあえず落ち着こう」
「………うん」
大きな身体にすっぽりと抱き締められて、僕ははあって息を吐いた。
「こまめも心配してる」
「………え?」
七星に言われて見れば、こまめがおすわりをして首を傾げて、じっと僕を見ていた。
「ごめんね、こまめ。大きい声出して」
七星の腕の中から手を伸ばしたら、こまめは僕の方に来てくれた。
そのまま抱き上げて、こまめの背中に頬を寄せた。
七星のぬくもりと、こまめのぬくもり。
感じて、また大きく息を吐いた。
「どうする?読む?もう少し後にする?」
読みたくないっていうのが、僕の正直な気持ちだった。
更新されなくなったSNS。
残らなくなったSNSへの足跡。
切れていた命の期限。
そして手紙。
そこから勝手に出てくる答えが、イヤで。こわくて。
でも。
………読まないと。
したためられているだろう里見の、僕への何かを、僕が、読まないと。
「………読む」
「じゃあソファー行こう」
「………うん」
解かれる腕。
でも、動けない僕。
読まなきゃ、いけないのに。
「真澄」
「………」
「頑張れ」
七星の言葉に僕は頷いて、溢れる涙を、歯を食いしばって堪えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます