第183話

「年末年始にゆっくりできるって最高だなあ」

「うん。去年は忙しかったもんね」

「忙しかったな。でも、去年は真澄が居てくれたからまだ楽だったよ」

「じゃあ今年はもっと楽だ」

「楽すぎて太る」

「あ、お餅何個?」

「とりあえず3個」

「後で筋トレしようね、久保トレーナー」

「………はい。後で筋トレします」

 

 

 

 

 

 のんびりと、ゆったりと七星とこまめと過ごしたクリスマスが終わり、慌ただしい年末の空気を経て年が明けた。

 

 

 元旦の今日は、元旦らしくお雑煮と、少しばかりのお節を用意した。

 

 

 

 

 

 今日は午前中に七星の実家。午後に僕の実家に行くことになっている。

 

 

 両家からのリクエストで、こまめも一緒に。

 

 

 

 

 

 うちでこまめを飼い始めたのは、久保家の豆太がかわいすぎたから、だった。

 

 

 だから、久保家がこまめをかわいがってくれるのは分かるんだけど。

 

 

 意外だったのは、僕の両親………特に父さん、だった。

 

 

 

 

 

 それは、歩がこまめの写真を見せたのが最初。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こいつが兄ちゃんちに居るこまめ。こいつめちゃくちゃかわいいんだよ』

 

 

 

 

 

 我が家は動物とはまったく縁がなかった。

 

 

 それを特に不思議に思ったこともなかった。誰も特に興味がないんだろうって思っていた。

 

 

 そう言ったら、実は歩は小さい頃ずっと、何か飼いたいと思っていたと言った。

 

 

 でも、自分がまわりの子よりやんちゃだって認識が多少なりともあって、これ以上手をかけさせるのもなって子どもながらに思って言えなかったと。

 

 

 

 

 

『歩でもそんなこと思ってたの?』

『うるせぇ。オレだってそれぐらい思うわ』

 

 

 

 

 

 茶化してみたものの、それを聞いてうちに来た歩がこまめの写真をたくさん撮ったり、ずっと抱っこしていたり、来るたびにおやつを持って来てくれることに納得した。

 

 

 

 

 

『今度ここに連れて来てもらえば?マジかわいいから』

『え?』

 

 

 

 

 

 歩が父さんと母さんに言った。

 




 

 驚いた。

 

 

 

 

 

 連れて来るのは構わないけど。

 

 

 

 

 

『ほんと?真澄、今度連れて来てくれる?』

『え?』

『ね?お父さん』

『ん?あ、ああ』

 

 

 

 

 

 意外と乗り気だった母さんとは逆に、そのときの父さんは、やっぱり興味がなさそうだった。

 

 

 なのに、次に七星とこまめと3人で家に行ったら………。

 

 

 

 

 

 父さんでもあんな顔するんだ。あんな顔になるんだ。

 

 

 って、思ったことは内緒にしておこう。

 

 

 

 

 

 さらに驚いたのは、こまめを連れて行った後から、父さんと母さんで犬を飼おうかって話が出ているらしいってこと。

 

 

 

 

 

『名前、豆の助とかどうですか?』

 

 

 

 

 

 パグかどうかも、まだ飼うかどうかも分からないのに真剣な顔で言った七星に、やっぱり豆なの?って、みんなで笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真澄、今年は初詣いつ行く?」

「んー、いつにしようか。三箇日は混んでるからなあ」

「じゃ次の俺の休みとか。まだちょっと先だけど。あんま初詣の空気じゃないかもだけど」

「七星次の休みっていつだっけ」

「確か12日だったと思う」

「………12日か」

「ちょっと悩むだろ」

「うん、悩む」

 

 

 

 

 

 ふたり分のお雑煮を汁碗によそって運びながら、僕は思わず笑った。

 

 

 ん?ってダイニングテーブルの椅子に座る七星が僕を見上げる。

 

 

 

 

 

「うん。平和な悩みだなって思って」

「………確かに」

「幸せな悩み」

「だな」

 

 

 

 

 

 どうぞってお雑煮を七星の前と、その向かい側の僕の席に置く。

 

 

 

 

 

 大切で大切で、愛しい人と迎える新年で。

 

 

『初詣に行く日』が悩みなんて。

 

 

 

 

 

 僕も椅子に座ろうとして、でも、七星に腕をつかまえられて、できなかった。

 

 

 そのまま引っ張られて、椅子に座ったままの七星に抱き締められた。

 

 

 お腹のあたりに埋まる七星の顔。

 

 

 

 

 

 うん。

 

 

 

 

 

 幸せだね、七星。

 

 

 

 

 

 きっと今この瞬間の気持ちを味わっているだろう七星の、どうやったらそんな向きになるんだろうっていう、少しかたい、寝癖のついた七星の髪に、僕はそっとキスをした。

 

 

 

 

 

 顔を上げた七星の唇にも。

 

 

 

 

 

「真澄」

「んー?」

「今年も、来年も、再来年も………」

 

 

 

 

 

 七星の顔が、また僕のお腹あたりに埋まった。

 

 

 

 

 

 今年も、来年も、再来年も。

 

 

 

 

 

 一緒に。

 

 

 一緒に、居たいね。

 

 

 一緒に新しい年を迎えたいね。

 

 

 

 

 

 僕は返事の代わりにぎゅっと、七星の大きな身体を抱き締めた。

 

 

 

 

 

「ほら、食べよ?」

「ん。真澄の腹もそう言ってる」

「でしょ。昨夜誰かさんと激しい運動したからね。お腹すいた」

「ちなみに今日の夜もする予定だから。『運動』」

「………え?僕、もうあちこち痛いんだけど」

「それは真澄が運動不足だから。あ、俺、すげぇいいジム知ってるけど、どう?行かね?」

「それって久保七星っていう超僕好みのトレーナーさんが居るところでしょ?」

「そう。詳しいな」

「詳しいよ。そのトレーナーさんには一緒に暮らしてるパートナーがいて、その人のことが好きで好きで堪らなくて、すっごいラブラブっていう話だよね」

「詳しすぎだな」

「でしょ」

 

 

 

 

 

 くすくすくす。

 

 

 

 

 

 笑って。

 

 

 

 

 

 こんな日がいつまでもいつまでも、いつまでも続きまうようにって。

 

 

 

 

 

 僕は、祈った。

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