第182話
クリスマス当日、七星はいつも通り仕事の予定だった。
でも、次の日は休みだから夜は遅くなっても大丈夫ってことで、僕たちはクリスマス当日にクリスマスをするべく、クリスマスに向けて少しずつ準備を始めた。
こまめは初めてのクリスマスツリーに興味深々で、くんくんとにおいを嗅いでいた。
そして一番低いところにかかっているオーナメントに小さな前足を伸ばして揺らしていた。
一生懸命取ろうとしていたからダメだよって教えた。そしたらダメなの?って感じに首を傾げた。
その姿がかわいすぎて転がった。
七星に笑われた。
七星の実家からこまめと遊びに来た豆太も、去年見たことがあるはずなのに覚えていないのか、同じようにくんくんして、やっぱりオーナメントに前足を伸ばして取ろうとしていた。
ダメだよって言ったらダメなのか(泣)って感じでおすわりをしてじーっとオーナメントを見ていた。
おすわりするからちょうだいって言っているみたいで、その姿がかわいすぎて悶絶した。
また七星に笑われた。
こまめと豆太は僕の、僕と七星の最高の癒しだった。
今日はうちにお泊まりの豆太が、仲良くこまめと居間で戯れているのを、僕はラグの上にうつ伏せて頬杖をつきながら見ていた。
もう何時間でも見ていられるような気がする。すべてがかわいい。
「今度は豆太とこまめとあずきの話にしようかなあ」
「出たな、真澄の豆好き」
「好きだよー。だって超かわいいじゃん」
「まあ、かわいい『けどな』」
気のせいだろうか。七星の言葉に含みを感じるのは。
「大丈夫だよ。僕は七星が一番好きだから」
「………なっ」
「ん?」
「………」
「七星?」
隣に仰向けに転がってスマホをいじっていた七星に笑いながら言ったら、七星の手がパタリと床に落ちた。
「………不意打ちはやめろって」
「照れてる。かわいい」
「アラサー男子にかわいいはなし」
「ありだよ。かわいい」
七星は余計に照れてこらって僕をひっくり返して覆いかぶさって来た。
そのままキスをされる。
笑いながら七星の大きく逞しい背中に腕を絡めて、そのキスに応えた。
そんな僕たちを見て、遊んでいると思ったのか、戯れていたこまめと豆太も僕たちの方に走って来て、キスをする僕たちに顔を寄せてきた。
そのまま舐められた。僕も七星も。こまめと豆太に。
「………もう迂闊に床でキスできないな」
「できないね。4人でキスになっちゃう」
身体を起こしてぼやく七星と、逃げ遅れてこまめと豆太に舐められている僕。
くすぐったいよって、僕も起きた。
そんな、しゅんしゅんと石油ストーブの上でやかんが鳴る、クリスマス前の穏やかな穏やかな夜だった。
「あ、更新された」
こまめと豆太をそれぞれのゲージに入れて、寝る準備をしていたとき、七星のスマホが何かのメッセージを受け取ったらしく、七星がローテーブルの上のスマホを見た。
更新された。
ってことは。
里見のSNS。
ペースは最初ほどではなかったけれど、徐々に落ちてはいたけれど、里見はSNSの更新を続けていて、更新通知が来るたびに僕は胸を撫で下ろしていた。
生きている。
告げられた余命を過ぎた今日も、里見は生きている。
更新される記事に里見の写真はなく、今ではあずきと娘さんの写真ばかりで、一言さえ載っていないときもあった。増えた。それでも。
生きている。
今日も里見は。
「お、いい写真」
「どれ?」
スマホを見て笑う七星の隣に行って、見せてもらった。
画面。
場所はどこなのかは分からない。
でも。
白く大きな里見の手。
それと、華奢で小さな女性の手。
恋人繋ぎのその手。
そして。
今日はデートって一言。
「………ほんとだ。すごくいい写真」
生きている。
今日も里見は、生きている。生を。
この、同じ空の下で。
もう寝るつもりでストーブを消した居間。
換気のために少しだけ開けていた窓を、僕は大きく開けた。
冷えた空気が入って来て、身体がぶるりと震えた。
そのまま空を見上げた。
すぐ後ろに、七星も来た。
一緒に見上げてくれた。
里見。
一緒に見上げていた星座をそこに見つけて、意味もなく里見の名を、声には出さず心で呼んだ。
視界が涙で、霞んで揺れた。
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