第181話

 日一日と冬が近づき寒くなり、次のクリスマスはどうしようかって話が出始めていた。

 

 

 

 

 

「こまめを実家に預けてどっか行く?」

「預けてって、旅行?」

「そう」

「旅行かあ。行きたいね。のんびり温泉とか?ただ、今からじゃ取れないかもよ?」

「やっぱり?実は俺も言いながらそう思ってた」

 

 

 

 

 

 笑いながら言う七星に僕も笑った。何それって。

 

 

 

 

 

 いつものソファー。

 

 

 僕と七星。その間にこまめ。

 

 

 

 

 

 撫でているこまめの小さな耳が、僕たちの声に合わせてぴくぴく動いている。

 

 

 

 

 

 七星と付き合い始めてから変わらない、穏やかな時間。

 


 大切で愛しい時間。


 

 それが、何も変わらないようでいて、季節と同じように少しずつ変わって来ていることもいくつかあった。

 

 

 

 

 

 小さなことで言えば、僕が歩と連絡を取るようになったこと。

 

 

 歩が時々うちに遊びに来るようになったこと。

 

 

 

 

 

『オレはこまめに会いたいんだよ‼︎』

 

 

 

 

 

 耳を赤くしてそう言っているけれど、来るたびにこまめのおやつだけじゃなく、僕たちにも何かしら持って来てくれているから、僕に、僕と七星にも会いに来てるんだろうなって僕はちょっと思っている。

 

 

 

 

 

 それから、季節のように少しずつではあったけれど、季節のように大きく変わったこともひとつ。

 

 

 



 家。僕の実家。

 

 




 あれから。

 

 

 七星と一緒に実家に行き、七星を紹介したあの後から、僕が月に2、3回、歩と一緒に実家に行くようになったこと。

 

 

 

 

 

 きっかけは、歩からの誘いだった。

 

 

 行こうって電話で言われて、断った。

 

 

 七星と一緒に行ったあの日のあの空気は、できればもう味わいたくない。できればもう………二度と。

 

 

 

 

 

『ずっと心配してたんだよ、アレでも』

 

 

 

 

 

 歩のその一言。

 

 

 

 

 

『心配』。『ずっと』。

 

 

 

 

 

 片耳が聞こえないという少しのハンデ。

 

 

 加えて会社員の歩とは違う不安定な仕事。

 

 

 なのに家なんか買って、家を出てからはほぼ音信不通で。

 

 

 

 

 

 歩と行ってくるねって七星に言ったとき、七星はびっくりしたように僕を見て、真澄って抱き締めてくれた。

 

 

 やべぇ、惚れるって。めっちゃ好きって。

 

 




 それに今度は僕がびっくりして………嬉しかった。

 

 

 



 最初は本当に、挨拶ぐらい。

 

 

 居た堪れなくて、行ってすぐに帰った。

 

 

 それが少しずつ、少しずつ、伸びて。

 

 

 

 

 

『久保くんとは、仲良くやってるのか?』

 

 

 

 

 

 先月。



 父さんからその一言を聞いたとき、僕は自分の耳を疑った。

 

 

 思わず聞き返した。え?って。

 

 

 

 

 

『たまには久保くんも連れて来い』

『何でそんなエラそうなんだよ、父ちゃん』

『………うるさい』

『照れてんのかよ』

『うるさいぞ、歩』

 

 

 

 

 

 泣いた。

 

 

 

 

 

 知らず涙が出ていた。

 

 

 

 

 

『………ごめんね、真澄』

 

 

 

 

 

 泣く僕にティッシュを取ってくれた母さんの言葉に、涙は余計に溢れた。

 

 

 

 

 

 許してくれた。許してもらえた。受け入れてくれた。受け入れてもらえた。

 

 

 

 

 

 僕が七星を好きなことを。

 

 

 七星が僕を好きでいてくれていることを。

 

 

 僕たちが幸せにやっていることを。

 

 

 

 

 

 歩が一緒じゃないとまだこわい。だから一緒に行ってもらいたい。

 

 

 その歩となかなか予定が合わなくてまだ行けてないけれど。近いうちに。

 

 

 

 

 

 そしていつか、僕と七星ふたりで行けたら。

 

 

 この家にも、来てもらえたら。

 

 

 

 

 

 少しずつ。

 

 

 少しずつ。

 

 

 そうやって僕たちを取り巻く現実が変わりつつあった。

 

 

 

 

 

 もうひとつあった。

 

 

 少しずつ変わってきていること。

 

 

 

 

 

 それは。

 

 

 

 

 

 週に2回ぐらいのペースで更新されていた里見のSNSが。

 

 

 

 

 

 大丈夫。

 

 

 七星がアップしているSNSを、里見は読んでくれている。足跡を残してくれている。

 

 

 だから大丈夫。

 

 

 

 

 

 って、思おうとしているのに。

 

 

 

 

 

 少しずつ、少しずつ。

 

 

 里見の更新はペースを落とし、使われる写真に里見の姿がなくなっていき………。

 

 

 

 

 

 僕の不安が、少しずつ、少しずつ、大きくなってきていた。

 

 

 

 

 

「七星と一緒にゆっくりできたらそれだけでいい」

 

 

 

 

 

 胸元のネックレスを、指輪がはまる左手で握りながら、七星の肩に身体を預けて言った。

 

 

 

 

 

「………だな。うちをクリスマス仕様にして、ケーキ頼んで、ちょっといい酒買って」

「………うん」

「真澄、またご馳走作ってよ」

「うん、作るよ。また一緒に選ぼう」

 

 

 

 

 

 僕が何を思いそう言ったのかをきっと分かってくれているだろう七星が、僕の旋毛あたりにキスを落としてくれた。

 

 

 顔を上げた僕に、笑ってキスをしてくれた。

 

 

 

 

 

 里見に告げられた命の期限は少し前に。






 切れた。

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