第175話

「あれ、兄ちゃん?」

「………あ、あゆむ

「すげぇ久しぶりじゃん、生きてた?」

「久しぶりだね。生きてたよ」

 

 

 

 

 

 七星に至れり尽くせりをしてもらった、里見が帰って行った日の次の日。

 

 

 日曜日の11時頃。

 

 

 

 

 

 2台とめられる実家の車庫の、父さんの車の横にとめておりてさあ行こうってときだった。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと家の前にとまった車から声をかけられた。

 

 

 

 

 

 歩。

 

 

 

 

 

 僕の2才年下の弟。

 

 

 

 

 

「珍しいじゃん、兄ちゃんがうちに来るなんて。何かあった?」

「うん、ちょっとね」

 

 

 

 

 

 歩は、僕がまだ実家に居た頃、実家に居た。

 

 

 小さい頃はすごくやんちゃだった。

 

 

 とにかくやんちゃだった。

 

 

 一緒に出かければすぐどこかに行っちゃってすぐに迷子。

 

 

 欲しいとなると買ってくれって暴れる。どこでも暴れる。近所の子が持っているものは奪う。拒否られると手が出る。

 

 

 僕もよくお菓子や本を取られて食べられて落書きされて破かれていた。

 

 

 僕はやり返さなかったから、黙ってやられてたから、ただでさえ毎日怒られていた歩は、更にそれで怒られていた。

 

 

 真澄もそれだけやられてるんだからやり返してもいいの‼︎って、とばっちりで怒られることもあった。

 

 

 怒られても怒られても、歩は兄ちゃん兄ちゃんって、僕のお菓子を取っていってた。

 

 

 

 

 

 かわいいんだかかわいくないんだか、僕はいつもちょっと複雑だったっけ。

 

 

 

 

 

 大きくなっても、僕が家を出るまでは兄ちゃん兄ちゃん、で。

 

 

 でも、僕が家を出てからは全然。電話もメールもしていなかった。歩からくることもなかった。

 

 

 

 

 

 ちゃんと会うのは4年とか、5年ぶりかもしれない。

 

 

 歩も家を出たようなことを聞いた気がする、けど。

 

 

 

 

 

「歩は?どうしたの?」

「金曜日給料日だったから、ケーキ買ってきた」

「え?」

「毎月恒例の生存確認」

「………ごめん」

「へ?何が?」

「うちのこと、歩に任せっきりだから」

「別にいいよ、そんなの。兄ちゃんだけの親じゃないじゃん。で、兄ちゃん。そっちの、もうそこまで行くと腹も立たないぐらいモデルスタイルのイケメンは、兄ちゃんのコイビト?」

「え?」

「あ、やばい。車来た。ちょっとオレあっちのどこかに車とめてくる。ふたりとも居ると思うから先行ってて」

 

 

 

 

 

 言うだけ言って、歩はまたゆっくりと車を走らせて行った。

 

 

 

 

 

 残された僕と七星、で。

 

 

 

 

 

 思わず顔を見合わせた。

 

 

 

 


「モデルスタイルって、俺?」

「そうだね。腹も立たないぐらいって、ちょっと分かる」

「………別に普通だけど」

「それで普通だったら僕なんかどうなるの?」

「真澄は『いい身体』だよ」

「言い方。あ、あれ、弟の歩」

「言い方か。うん。似てる。活動的な真澄って感じ」

「活動的なって」

「………ってか、真澄。俺のことコイビトって」

「………うん」

「『知ってる』の?歩さん」

「ううん、『知らない』。僕は誰にも『言ってない』」

 

 

 

 

 

 含みを持たせて七星が言って、僕が答えた『それ』は、僕の恋愛対象が同性であるということ。

 

 

 

 

 

 異性では絶対に無理なのかと聞かれたら、正直分からない。

 

 

 僕が今までに恋愛感情を抱いたことがあるのは、里見と七星だけだから。だから分からない。異性との経験もない。経験しようと思ったこともない。

 

 

 そしてそれを、誰かに伝えたことは、ない。当事者以外。つまりは里見と七星、あと、数回会ったことがある『そういうつもりの人』以外。

 

 

 

 

 

 じゃあ、歩は何で。

 

 

 

 

 

「とりあえず、行こっか」

「………やべぇ、真澄」

「ん?」

「………俺、口から心臓出そう」

「え?」

「まじやべぇ。めっちゃ緊張してきた」

 

 

 

 

 

 言いながら、眉を下げたちょっと情けない顔で、いつもより他所行きの服の、胸のあたりをさすっている。

 

 

 

 

 

 僕も七星の実家に行ったときはそうだった。緊張した。

 

 

 でも今はというと、そうでもなかった。むしろ全然だった。

 

 

 

 

 

 だって。

 

 

 

 

 

 僕はインターホンを押そうとした指を寸前とめて、空を見上げた。

 

 

 

 

 

 だって、大事なのは許してもらうことじゃない。認めてもらうことじゃない。

 

 

 今日来た理由は。

 

 

 

 

 

 七星の紹介と、感謝。

 

 

 

 

 

 許されなくても、否定されても、非難されても。

 

 

 

 

 

「七星」

「ん、ごめん。行く。行こう」

「七星?」

「ん?」

 

 

 

 

 

 呼んでから、インターホンを押した。

 

 

 ピンポーンって鳴っている。

 

 

 

 

 

 父さんか母さんが出る前。応答の前。

 

 

 

 

 

「大好きだよ」

「………っ」

 

 

 

 

 

 七星が好きだと思う気持ちを、そのまま七星に伝えた。

 

 

 七星の方を、見ないままに。

 

 

 

 

 

『はい』

「母さん、僕。真澄。ただいま」

『え………真澄⁉︎』

「うん。開けて」

 

 

 

 

 

 七星の指先がそっと触れた。

 

 

 その指先をそっと握った。

 

 

 

 

 

 さあ行こう。さあ言おう。

 

 

 

 

 

 父さん、母さん、歩。

 

 

 この人が僕の、大好きで大切で愛しいコイビトです。

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