第176話
玄関の鍵があいた。
僕たちは絡ませていた指を離して、ドアを開けた。
「ただいま」
「真澄………え?こちらの方は?」
久しぶりの実家へのただいま、に。
七星を見た母さんから、おかえりなさいは、なかった。
「こんにちは。久保といいます」
「歩とそこで会ったよ。もう来ると思うから、中入っていい?紹介はそれから」
僕を見て、名乗った七星を見て、母さんは明らかに戸惑っていた。
玄関の向こう、リビングから父さんも来た。
でも、七星を見て、やっぱり。
………おかえりは、なかった。
七星、ごめんね。
うちはやっぱり、七星の家族のようには。
許してもらえなくてもって思っていたはずなのに、『もしかして』っていう空気を出し始めた父さんと母さんにめげそうになった。帰りたくなった。来るんじゃなかったって、思った。
そのとき、ガチャって玄関が開いて。
「まだこんなとこに居んの?邪魔邪魔、入って入って」
歩が僕の背中をぐいぐい押した。
「ちょっと押さないでよ、歩」
「だから邪魔なんだって。言っとくけどケーキ3つしか買ってねぇぞ。兄ちゃんとそっちのモデルくんのはないからな。オレの毎月恒例日に来るって言わねぇ兄ちゃんが悪いんだからな」
「うん、ごめんね。でもさ、僕は別にいいけど、七星はお客さんなんだから、歩が我慢して七星にあげたらいいんじゃない?」
「へー、名字じゃなくて名前がナナセっていうの?イケメンって名前までイケメンなのな」
「歩、僕の話聞いてる?」
「母さん、コーヒーいれて」
「え?あ、コーヒーね。真澄、そこのスリッパ出して履いてね。そちらの………久保さん、も」
「うん、これね」
偶然とはいえ、歩が居てくれて、来てくれて、良かったかもしれない。
さっきまでの不穏な、不安な空気が、少し和らいだ気がする。
僕は母さんに言われたスリッパをふたつ出した。
「………何か、ごめんね」
靴を脱いで上がって、七星を待って言った。
久保家とは違う我が家を詫びた。
「最初はこんなもんだよ。うちもそうだった」
「え?七星の家も?」
って、聞いてから思い出した。七星のお父さんの言葉を。
そうだ、頭ごなしに反対したって。
七星が慰めるみたいに、行くぞって言うみたいに、僕の背中をぽんぽんって、した。
最初は。
七星も最初から受け入れられた訳ではない。
でも、今は受け入れてもらえている。
僕はふうって息を吐いて、七星と一緒に歓迎はされていないリビングに行った。
とりあえず座ってって、リビングのソファーに座らされた。
コーヒーをいれるから待っててって。
ケーキ、母さんたちはいいから、あなたたち食べなさいって言われたけれど、僕たちはそれを断った。
せっかく歩が母さんたちに買って来てくれたんだからいいよって。
それ以外は話さなかった。
歩が2階の自分の部屋に何かを取りに行った。だから誰も、何も話さなかった。
気まずい沈黙に、窒息しそうだった。
そしてコーヒーの入ったマグカップがそれぞれの前に置かれて、歩を呼んで。そして。
「紹介するよ。久保七星さん。彼は僕のコイビト。パートナーだよ」
「よろしくお願いします」
気まずい沈黙が、気まずいから一気に張り詰めたのが、分かった。
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