第174話
「俺が運転してくから、真澄は豆太抱っこな」
「………」
里見が行って、行ったから、行ってしまったから余計に泣く僕に、七星は優しく優しくそう言って、片手に豆太のリード、片手を僕の肩、で、駐車場まで連れて行ってくれた。
鍵貸してって言われて渡した。
ほらって鍵とドアを開けてくれた。
座ったら豆太を渡された。
豆太は小さな前足を僕の肩にかけて、僕の涙を舐めてくれた。
七星は僕の髪を撫でてくれた。
好きなのは七星。
これからを共に歩くのは七星。
なのに。
僕は里見って、里見って、泣き続けた。
家に着く頃には少し落ち着いて、でももう僕は泣きすぎてぐったりだった。
居間のソファー。さっきまで里見と座っていたソファーに七星と座って、僕は七星に凭れかかっていた。
七星は右側。
左側には豆太。
七星はもちろん、豆太もさっきからずっと僕の側に居てくれている。
「………ごめんね」
「何が?」
「泣いてて」
「いいよ。もっと泣いてもいい」
右。
聞こえる右耳のところで、七星が言ってくれて、その言葉につられるようにしてまた涙が滲んだ。
「………もう泣きたくない」
「何で?」
「………七星と居るのに里見のことで泣くなんて」
「真澄………」
七星が好きなのに。それは間違いないのに。嘘じゃないのに、僕はもうきっと二度と会うことのない里見を思って泣いている。
それがイヤだった。
イヤなのに、どうしても出る。出てくる。
もう二度と会うことのないだろう里見を思って。涙が。
「涙が出るから泣く。それだけだよ」
「………え?」
「涙が出るなら、出なくなるまで泣けばいい。我慢するからいつまでも残る。って、それは俺より、真澄の方が知ってるだろ?」
「………七星」
「大丈夫。ちゃんと知ってる。真澄は本当に俺が好き。真澄は本当に、里見さんが好きだった」
な?って。
七星に凭れる僕の肩を七星はぎゅっと抱き締めてくれた。だからまた。もう。溢れた。涙が。
「………好きだよ。大好きだよ、七星」
「うん、大丈夫。知ってるよ」
落ちる涙を、七星の唇が掬った。そして。
愛してるよ、真澄。
聞こえた言葉に、余計に、泣いた。
「明日僕の実家に行こうね」
少しして涙は止まった。
また何かのはずみで出るのかもしれないけれど、今はとりあえず止まった。
でも僕は七星と豆太に挟まれたままで、ふたりのぬくもりを感じながら七星に言った。
「無理しなくていいよ。来週とかでも」
「違う無理じゃない。僕が行きたいんだ。行って七星を紹介したい。七星を自慢したい。見て、この人が僕の大切な人。大好きな人。愛しい人ですって」
「自慢って」
「そして………おかしいかな?感謝したいんだ。ありがとうって言いたい。父さんと母さんが出会って結婚して産んでくれたのが僕。違う誰かとだったら僕じゃない。父さんと母さんで、この僕だから、僕はこんなにも愛しい存在と出会えたんだって」
真澄。
七星が僕を呼んで、そのまま黙った。
黙ったかわりに僕の肩を抱く手に、腕に力が入った。
旋毛に乗る唇に、僕は目を閉じた。
不思議だった。
里見と過ごして、何故か七星への愛しさがこんなにも増した。増している。こんなにも。こんなにも、だよ。
七星の背中に腕を絡めた。
「もう、帰らないで」
「え?」
「今日からずっとうちに居て」
「今日からって、真澄」
「七星に毎日おはようを言いたい。いってらっしゃいを言いたい。おかえりを、おやすみを言いたい。1回でも多く言いたい。1日でも長く一緒に居たい。七星と『毎日』を過ごしたい。七星と『毎日』を感じたい」
「………真澄」
七星を見上げて僕は胸の内を一気に言った。
七星はびっくりしたみたいに僕を見下ろしていた。
頬に触れる、大きくて熱い手。
僕はその手に自分の手を重ねて目を伏せた。
お願い。いいよって言って。うんって言って。
溢れる愛しさを、七星。
お願い。
受け止めて。
くすって、七星が笑った。
そして。
「ネックレスしていい?」
「………うん」
ネックレス。
頬の手と肩を抱く手が離れて、七星がふたつしているネックレスのひとつを少し苦労しながら外した。
その外したネックレスが、僕の首に。
戻る。戻った。七星の手によって。
七星とコイビトであるという証のネックレス。
「早いとこ指輪も買いに行かないとな」
「………七星」
「豆太2号も」
「………七星‼︎」
僕は七星に抱きついた。その首に腕を絡めた。
七星も僕をぎゅっと抱き締めてくれた。
里見と過ごした約1週間。
許されなかった過去の、残してきた後悔の回収は、僕に溢れるほどの愛しさと幸せを、連れてきてくれた。
里見もそうでありますように。
里見もそうで。
くっつく僕たちの間に、自分もまぜろと言わんばかりに豆太が割り込んで来て、僕たちは笑った。
笑って。
僕たちはそっと………キスをした。
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