第173話

 それから少しだけ3人で豆太の散歩をした。

 

 

 散歩をして、そして。

 

 

 

 

 

「そろそろ行くよ」

 

 

 

 

 

 里見が美浜公園の時計を見上げてそう言った。

 

 

 

 

 

「久保くん、最後に夏目との写真を撮ってもらっていい?」

「分かりました。豆、来い」

 

 

 

 

 

 里見が自分のスマホを七星に渡して、七星はスマホと一緒に里見が持っていた豆太のリードも受け取った。

 

 

 

 

 

 小学四年生。

 

 

 里見が引っ越してきて、転校してきて、ここで一緒に夜空観察の宿題をやった。

 

 

 それから僕たちは話すようになった。

 

 

 

 

 

 その場所が、僕たちふたりの最後の写真の場所。

 

 

 

 

 

 お互いを待つときに乗っていた、遊んでいた遊具をバックに、里見と並んだ。

 

 

 

 

 

「いきますよー」

 

 

 

 

 

 七星がスマホを僕たちに向けて構えて言った、その瞬間。

 

 

 

 

 

「里見‼︎」

「里見さん‼︎」

 

 

 

 

 

 シャッターの音。

 

 

 同時の。

 

 

 

 

 

 僕の頬に、里見の唇がそっと触れた。

 

 

 

 

 

 びっくりする僕と七星。

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

 

 

 

 

 いたずらっぽく笑う里見。

 

 

 

 

 

「もう‼︎里見‼︎」

「ちょっと里見さん、それはダメでしょ」

「ごめんごめん。でもこれで夏目とは最後だから」

 

 

 

 

 

 これで、僕とは最後。

 

 

 

 

 

 そう言われたら僕も七星も何も言えなかった。

 

 

 言えるはずがなかった。

 

 

 黙る僕と七星とは反対に、笑いながら里見は七星からスマホをもらって、いいの撮れたなって、また笑った。

 

 

 

 

 

 里見のスマホ。

 

 

 僕との最後の写真は、美浜公園。遊具をバックにした、頬へのキスの写真。

 

 

 

 

 

「夏目。文句なら久保くんにな。豆太にメロメロなかわいい夏目を見せられたら、それぐらいしたくなる」

「ええ?まさかのそういうオチなの?里見さーん」

「そういうオチだよ」

「………もう、七星のバカ」

 

 

 

 

 

 ちょっと情けない顔で僕を見る七星に、僕は軽くグーパンチをした。

 

 

 え?それだけ?って里見は言って、やっぱ俺にはあたりが強いよなあってぼやいた。

 

 

 

 

 

 そして僕たちは、豆太も一緒に僕の車に乗って、駅に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅のすぐ近くのコインパーキングに車をとめた。

 

 

 七星と豆太も一緒に駅の前まで行った。

 

 

 

 

 

「久保くん。1週間、本当にありがとう」

「いえ。俺と真澄のためですから」

「………夏目を、頼む」

「はい。もちろんです」

 

 

 

 

 

 里見が七星に深く頭を下げていた。

 

 

 それを見て僕はまた、泣いていた。

 

 

 勝手に涙が溢れてきて、止めることができなかった。

 

 

 

 

 

 里見。

 

 

 僕に初めてできた、仲良しの友だち。

 

 

 僕に初めてできた、大切な大切な、大切なコイビト。

 

 

 

 

 

「………夏目」

 

 

 

 

 

 泣くなよって言いながら、でも、ぼろぼろ泣く僕を見て、里見の目からも涙が溢れた。

 

 

 

 

 

「空、見て」

「うん」

「毎日見て」

「うん」

「絶対だよ?」

「うん」

「コーヒーとスクランブルエッグも」

「うん」

「………里見」

「………うん」

 

 

 

 

 

 僕は、駅前なのに、七星の前なのに、背の高い里見の首に腕を絡めて抱きついた。

 

 

 里見もぎゅっと、僕を抱き締めてくれた。

 

 

 

 

 

 細い身体。

 

 

 細くなってしまった身体に、やっぱり涙は止まらなかった。

 

 

 

 

 

「里見、生きて」

「………うん」

「生きてて」

「………うん」

「病気なんかに負けないで」

「………うん」

「………来てくれてありがとう、里見」

「………うん。俺も。………ありがとう、夏目」

 

 

 

 

 

 呼び方は最後の最後まで、里見で、夏目。

 

 

 最初に決めた通り、里見で、夏目。

 

 

 

 

 

 そして里見は。

 

 

 里見は。

 

 

 

 

 

 帰って行った。

 

 




 エスカレーターのてっぺんでこっちを向いて手を振った里見が、僕の見た最後の里見になった。

 

 

 

 

 

 空を見よう。

 

 

 僕は毎日空を見上げよう。

 

 

 

 

 

 見上げたそこにはいつだって空があって、宇宙があって、その前に、下に、小さな小さな僕たちが居る。

 

 

 

 

 

 里見もどこかで、同じ空を見上げている。

 

 

 

 

 

 だから僕は、空を見上げる。

 

 

 見上げるよ。

 

 

 

 

 

 ね、里見。

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