第172話
「豆太だ‼︎」
「え?」
里見を助手席に乗せて着いた美浜公園の駐車場。
入って、よく僕がとめる一番奥の方に背の高い人影が小さな犬を連れているのを見つけて、思わず七星だ、じゃなくて豆太だって言った自分にちょっとどうなのって思った。
七星が敢えて豆太を連れて来てくれたんだって思った。
今日で里見とさよならだから。
僕が少しでも悲しくないように。癒されるように。
僕の車に気づいた七星が、手を振っている。
そして豆太を抱っこした。危なくないように。
僕はゆっくりと、いつもとめる場所に車を走らせた。
「豆太あああああ。豆太あああああっ」
「………夏目が………何か崩れてる………」
「ああ、豆太に会うといつもです。これ」
「会いたかったよ、豆太あああああ♡」
「………いつもか」
「はい」
隣で背の高いふたりが何か言ってるのは分かった。聞こえていた。
でもちょっと今はそれどころじゃなくて、僕は小さな尻尾を飛ばしそうな勢いでふりふりして僕に飛びつく豆太に撃沈で、豆太あああああって何回も呼んで撫でていた。
ぴょんぴょん飛ぶから撫でたいのに思う存分撫でられなくて、ああもう、かわいすぎるって抱っこした。頬ずりした。
豆太も豆太で僕の顔を舐めている。
「………こんな夏目は初めて見る」
「そうかなと思って連れて来てみました」
「それは………ありがとうと言っていいのか………」
「かわいいでしょ?真澄」
「………いやちょっと………頷いていいのかも分からないけど」
「そこは正直に言っちゃっていいんじゃないですか?」
「………じゃあ正直言うけど」
「どうぞ」
「………萌える」
「ですよね。俺も毎回萌えるんですよ。これ」
僕が豆太に夢中で聞こえていないとでも思っているのか。
かつてのコイビトと今のコイビトが意味不明なことを真面目な顔で語り合っている。
ちょっと離れたところから見たら、顔だけ見たらまさかそんな話題とは思わないだろうっていうぐらい真面目な顔で。
「………」
「久保くん、睨んでるぞ、夏目が」
「うわ、真澄のそんなの初めて見るかも」
「え?俺は逆によく見るけど」
「まあそれは………里見さんだからでしょ。しかしあれっすね、美人はどんな顔しても美人っすね」
「………いや、だから久保くん。さっきから久保くんの発言は俺、頷いていいのか分からないって」
「大丈夫ですよ。怒られるの里見さんだから」
「俺?」
「はい」
何を。
本当に何をさっきから。
睨んでみたけど、聞いていてだんだんおかしくなってきて、思わず僕は笑った。
「何なの、もう。さっきから」
「萌えポイントの分かち合いだよ」
「すごい意味分かんない」
「大丈夫。里見さんなら分かってくれる。ね?里見さん」
「………久保くん、頼むから俺に振らないでくれ」
「何でですか?」
里見は答えず僕を指差した。
じろって僕は里見を睨んでいた。形ばかり。
それを七星に見られて。
七星が笑った。
里見も笑った。
僕も………笑った。
豆太が里見に興味を示して、里見のにおいをくんくん嗅いでいた。
くすぐったいよって、里見が豆太の頭を撫でた。
「かわいいなあ、お前」
「かわいいでしょ、豆太」
「お前が言うってな」
「だってかわいいでしょ?」
「かわいいな。欲しくなる」
「飼えないところなんですか?」
「いや、飼えるよ」
「誰か犬嫌いとか?」
「いや、飼いたいって言ってる。………ちょっと………いいな。検討しよう」
僕が抱く豆太を撫でながら言う里見に、嬉しいって思った。
検討しようって、飼おうかどうかでしょ?
っていうことはつまり。
………つまり。
「豆太は何ていう種類の犬?」
「パグだよ」
「パグ、ね。分かった」
「ちなみに俺らもパグ飼う予定です」
「………そうか」
よしよしって豆太を撫でる里見に、名前には豆の字を使わないとダメだよって言った。
その声は、震えた。
生きることに、それだけでなく、『我慢せず』生きることに目を、心を向け始めた里見に、頑張れって、思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます