第164話
具材を乗せたピザトーストをトースターに入れてセットしてから、僕は七星を起こすために2階の寝室にあがった。
「七星、おはよ。起きて。七星、仕事だよ」
「………ん」
布団を捲って、上半身何も着ていない七星の肩をぽんぽんと叩く。
いつもならわりとすぐに起きる七星が、今日はもぞもぞと動くだけで起きない。
昨日仕事で、昨夜はアレで、里見も居て。
………疲れた、よね。
「ごめんね」
僕は少しかたい七星の髪の毛をふわりと撫でた。
この1週間、七星はどんな気持ちだっただろう。
髪を撫でながら、思う。
自分のコイビトが、ずっと想い続けていたかつてのコイビトとひとつ屋根の下で過ごしている。
行けって。いいよって。背中を押してくれて、感情に飲まれて逃げ出しそうになる僕に、頑張れって励ましてくれて。
イヤだって気持ちも、もやもやする何かも絶対にあったはずなのに。
僕のために。僕たちのこれからのために。
「………ありがと」
おかしいね。
里見が来る前だって好きだった七星が、里見が来てからもっと好きになった。
僕の家族に紹介したいって思うほどに、好きになった。
起きない七星に重なって、起きないならキスしちゃうよって、キスをした。
右頬、左頬、鼻、額。
ゆっくりと、しっかりと。
さすがに起きてくすって笑う七星は、それでも目を開けなかった。
だから、唇、にも。
ゆっくりと。しっかりと。
唇が重なった瞬間、僕は下から七星に抱き締められた。
そのままキスして、キスして、リードが僕から七星になって、キスして………。
「おはよ、七星」
「ん、おはよ」
「今日はピザトーストだよ。もう焼けてるから、起きて」
「ん。あれ、真澄、まだ俺の服だ」
「うん。まだ着てるよ」
「パンツは?」
「そこに落ちてるけど違うの履いたよ」
「何だ、履いたのか。残念」
「………七星って時々発言が変態っぽいよね」
「真澄に対してだけな」
「え?認めちゃうの?」
「認めちゃうな」
キス、しながら。
唇をそっと合わせながら、喋る。笑う。
離せない。
溢れる愛しさに、どうしても。唇が。
こんな気持ちは、これほどの気持ちは、初めてだった。
「寝不足?眠れなかった?」
僕を見つめる七星が、僕の目尻に触れながら聞く。
「………うん。ずっと起きてた」
「ごめん、俺、寝ちゃってて」
「七星は仕事だから、寝なきゃダメでしょ」
「………今日は早めに寝よう」
「………うん」
今日。
もう、夜には里見が居ない今日。
僕はその夜を、どう迎えるんだろう。どう迎えたらいい?
今、は。
今は、今朝は、里見が居るけれど、ごく普通の日の朝。
それが。
やっぱり里見が居るからだよね。
ぎゅって、僕は七星にしがみついた。
愛しい。七星が愛しい。愛しくて堪らない。触れているぬくもりが。この熱が。
「仕事じゃなきゃ襲うんだけどな」
「仕事じゃなくても僕は無理だよ」
くすくす。
笑って。
「ほら、遅刻しちゃう」
僕は離れたくない気持ちを無理矢理追い出して、七星から腕を解いて起き上がって七星を引っ張り起こした。
「おはようございます」
「………」
七星と一緒におりてきた。居間。
僕が七星のパジャマにしている服を着ているから、必然的に七星は昨夜僕が着ていたパジャマで、里見がそんな僕たちを見ている。
七星からの挨拶に無言で。
「里見?」
「え?………ああ、あ、おはよう」
「どうしたんですか?」
「………いや」
「あ、里見さんも寝不足だ」
里見の顔を見てすかさず七星が言って、里見はああ、うんって、ぼそぼそと答えた。そして目をそらした。
「どうしたの?」
「………いや」
「何?」
「………」
「里見さん?」
そらした目がそらしたのに泳いでいる。
視線があっちに行ったりこっちに行ったり。
少しの間黙っていて、言いづらそうに小さく咳払いをした。
「………変な意味じゃなく」
「うん」
「いつもそんな感じなの?ふたり。って、思っただけ」
里見の視線がまだ泳いでいる。
僕たちを直視できないとでも言うように。
「そんな感じって?」
よく分からない僕と。
「ああ、これ?」
七星が分かったみたいに上げる、手。
僕と七星の、繋いでいる、コイビト繋ぎをしている、手。
「それ」
2階から、僕たちは手を繋いで降りてきた。
いつもそうしているわけではないけれど、今日は何となくそうしたくて。触れていたくて。
「今日は真澄が好きすぎて触ってたいから」
「………」
七星もそう思ってくれていたんだ。
嬉しくて、僕は七星を見上げた。
しかもそれを里見に堂々と。
見上げた僕を、優しい目の七星が見下ろしている。
「僕もそう。七星が好きすぎて触っていたい」
「………見事なまでのラブラブっぷりだな」
「ラブラブですよ。俺真澄のこと超愛してますから。でもってスキンシップは超大事です。里見さんも帰ったらぜひ」
誰に、とは言わなかった。
言わなかったけど。
帰ったら。
奥さんに。
そのまま、手を繋いだまま台所に向かいつつ、肩越しに振り返って見た里見は、僕を見て苦笑いを浮かべていた。
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