第163話

 トイレから戻ってきた七星と改めて、日曜日に僕の実家に行こうって約束をしてから、僕たちは布団に入った。

 

 

 

 

 

 中学のとき、僕と里見がベッドの上でキスをしているところを、里見のお母さんに見つかった。

 

 

 すぐに僕の家にも知らされた。

 

 

 その時僕たちは何も言わなかった。

 

 

 黙って時間が過ぎるのを待った。

 

 

 

 

 

 その後高校生のときに一度だけ女の子を家に連れて行った。

 

 

 ものすごくほっとした母さんの顔。そして父さんの顔に、僕は絶対に僕の恋愛対象が同性であることは言わないと心に決めた。

 

 

 

 

 

 それから誰も、僕は実家に連れて行かなかった。

 

 

 

 

 

 今、家族が僕をどう認識しているのかは分からない。

 

 

 ずっと行っていなくて、音信不通で、そんな僕が急に七星を連れて行ったって、驚かれるだろうし、許してもらえないだろう。認めてくれないだろう。もしかしたら、非難されるかもしれない。

 

 

 

 

 

 でも。それでも。

 

 

 

 

 

 七星を連れて行きたいと思った。紹介したいと思った。

 

 

 だって七星は、本当に本当に、大切な存在だから。

 

 

 

 

 

 熱く逞しい腕が、僕に絡んでいる。

 

 

 

 

 

 七星はすぐに眠りに落ちて、僕は全然………。

 

 

 七星の隣で眠ろうと試みたけれどやっぱり眠れなくて、それならって僕はそっと布団から抜け出した。

 

 

 

 

 

 絵。

 

 

 絵を描こう。

 

 

 

 

 

 ふとそう思った。不意に。

 

 

 

 

 

 ぴょんとまるの絵を。

 

 

 ちゃんとしたのを描いて、里見に渡そう。あげよう。

 

 

 

 

 

 僕は階段をおりて、仕事部屋の電気をつけた。

 

 

 

 

 

 居間の電気は消えているようだった。

 

 

 里見は眠れているのだろうか。

 

 

 

 

 

 机の上の電気をつけて、置いてあるぴょんとまるの人形、里見が買ってくれたガラスのうさぎをそれぞれ手に取った。

 

 

 

 

 

 さよならの絵。

 

 

 だいすきの絵。

 

 

 元気でねの絵。

 

 

 幸せにねの絵。

 

 

 

 

 

「夏目」

 

 

 

 

 

 手に取ったそれをまた机に置いて、スケッチブックではなくいつも仕事で使う紙を出していた。

 

 

 そしたら、里見が。

 

 

 

 

 

 里見が、居た。来た。

 

 

 

 

 

「眠れない?」

「眠れない。夏目も?」

「うん」

「仕事?」

「………そう。眠れないならって」

「見てていい?」

「………いいよ」

 

 

 

 

 

 仕事、ではない。

 

 

 僕は今から里見にあげる絵を描こうとしている。最後の、僕からのプレゼント。

 

 

 

 

 

 でもそれは言わず、僕は作業机の椅子に座った。

 

 

 里見は棚の前の椅子を少し移動させて座った。

 

 

 

 

 

 どんな絵をって考えるよりも先に、手が動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りが明るくなっているのに気づいて、時計を見たら7時少し前だった。

 

 

 七星は今日仕事。朝ご飯の準備をしないと。

 

 

 

 

 

 夢中になりすぎた。

 

 

 

 

 

 焦って立ち上がって肩も腰も痛くていててってなりながら振り向いたら、里見は寝ていた。

 

 

 椅子に座って、腕組みをしたまま。

 

 

 

 

 

 絶対首が痛くなるやつだ。

 

 

 

 

 

 クローゼットから薄手の上着を出して、里見にかけた。

 

 

 

 

 

 あと数時間でお別れだね、里見。

 

 

 今度こそ。

 

 

 今度こそ、さよならだね。最後の、さよなら。

 

 

 

 

 

 白髪が増えたその髪にそっと触れて、僕は仕事部屋を出た。

 

 

 

 

 

 コーヒーの準備をした。

 

 

 ピザトーストでも作ろうと材料を出した。

 

 

 里見との最後の朝食なら、頑張って和食にしたかったけど………。

 

 

 

 

 

 これもきっといい思い出になる。

 

 

 

 

 

「………おはよう」

「おはよ」

 

 

 

 

 

 材料を切っていたら、里見が起きてきた。

 

 

 

 

 

 眠そうな顔。

 

 

 でも、寝不足のわりにその顔色は悪くはなかった。

 

 

 

 

 

「身体痛くない?」

「バッキバキ」

「だよね。あの寝方じゃ」

「いつ寝たのか記憶にない。夏目は?ちょっとは寝た?」

「寝てない。ずっと描いてた」

「もう『いい年』なんだから、無理はやめた方がいいぞ」

「だね。僕もあちこちバッキバキ」

 

 

 

 

 

 里見と迎える最後の朝。

 

 

 もう来ない朝。

 

 

 

 

 

 僕たちはそんな、他愛もないことを話していた。

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