第156話

 そのまま少し昔話に花を咲かせた。

 

 

 年は離れているけれど、僕たち3人は同じ小中学校に通っていた。

 

 

 共通で知っている先生が居て、その話もしたりした。

 

 

 

 

 

「真澄、風呂ってもう入れる?」

「うん、準備してあるよ」

「じゃあ里見さんどうぞ」

 

 

 

 

 

 七星に促されて、里見はじゃあってごちそうさまって手を合わせてから立ち上がった。

 

 

 立ち上がって、自分が使った食器を運ぼうとしたところを、七星に止められた。

 

 

 

 

 

「俺やりますから風呂どうぞ」

 

 

 

 

 

 意識して、なのか、無意識に、なのか。

 

 

 徹底した里見の『お客さん』扱い。

 

 

 

 

 

「………ありがとう」

 

 

 

 

 

 里見が目を伏せて、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真澄」

「ん?」

 

 

 

 

 

 里見がお風呂に行ってすぐ、七星が僕を呼んだ。

 

 

 お皿を洗っている僕の後ろから、僕をぎゅっと抱き締めた。

 

 

 右の頬に七星の左頬が寄せられた。

 

 

 

 

 

 大きな身体でこういう甘え方はかわいいって、いつも思う。

 

 

 

 

 

 僕も右頬を寄せて、そして離して、その頬にキスをした。

 

 

 ぴくんって七星が反応して、僕を見る。

 

 

 近づく七星の顔。唇に、僕は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 今日はまだ、さっきの玄関先での軽すぎるぐらい軽いキスしかしていないもんね。

 

 

 おかえりのキスを、ちゃんとしていないもんね。

 

 

 

 

 

 しっかりと触れた唇が、離れた。

 

 

 

 

 

 じっと僕を見ている………不安げな、目。

 

 

 

 

 

「おかえり七星。お疲れさま」

「………うん。ただいま、真澄」

 

 

 

 

 

 もう一度重なる唇。

 

 

 触れては離れ、触れては離れ、終わらない。

 

 

 

 

 

 思うことが何か、あるのかな。

 

 

 ………ある、よね。きっと。絶対。

 

 

 

 

 

「七星、ちょっと待って」

「やだ」

「七星」

「やだよ」

 

 

 

 

 

 僕が言う待ってを、やめての意味に捉えたのか。

 

 

 七星は僕を抱き締める腕に力を入れて、キスを深くしてきた。

 

 

 

 

 

 思うことが何か、あるよね。やっぱり。

 

 

 僕と里見を見て、いい気分にはならないよね。

 

 

 

 

 

「違う、七星。やめてじゃ、ない。待って」

 

 

 

 

 

 僕は今流しの前に立っていて、泡だらけのスポンジを持っていて、七星にバックハグをされている。

 

 

 その状態での肩越しのキスは、七星の背が高いだけに首が。

 

 

 

 

 

「七星首が痛いから」

「え?………あ、ごめん」

「うん。ごめんね。ちょっと待って」

 

 

 

 

 

 僕の訴えが分かった七星が、キスをやめる。

 

 

 でも、僕の前で交差する腕は、まだそのまま。

 

 

 

 

 

 僕はスポンジを置いて、泡だらけの手を洗った。

 

 

 手を拭いて、そして。

 

 

 

 

 

「七星」

 

 

 

 

 

 身体を反転させて僕よりも高い位置にある七星の首に、腕を絡めた。しっかりと。

 

 

 

 

 

「真澄」

 

 

 

 

 

 七星もまた、僕の腰に腕を絡めた。

 

 

 すぐにキスの続きが始まる。すぐに、深いキスの続きが。

 

 

 

 

 

 里見のお風呂は決して長くはない。

 

 

 いつ出てくるか分からない。キスに夢中になりすぎて、見られることになるのだけは避けたい。

 

 

 

 

 

 でも。

 

 

 

 

 

「真澄」

「………うん」

 

 

 

 

 

 見られても、この目の前の不安げな七星の不安を、少しでも安心に変えられるのなら。

 

 

 

 

 

「………ごめん」

 

 

 

 

 

 深く繰り返されるキスが止まって、七星が小さく言った。

 

 

 その視線の先には、僕の胸元にぶら下がる、里見にもらった小さな天球儀。

 

 

 

 

 

「ううん」

 

 

 

 

 

 違うよ。ごめんは僕。

 

 

 

 

 

 いやだよね。こんなの。

 

 

 自分のコイビトが、パートナーって思っているコイビトが、かつてのコイビトにもらったものを身につけている。

 

 

 ずっと引きずっていたかつてのコイビトと居る。

 

 

 そんなの、見たくないよね。

 

 

 

 

 

 だから七星は。

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

「ごめんね、七星。好きだよ。大好きだよ」

 

 

 

 

 

 言って、今度は。

 

 

 僕から七星に、僕のありったけの気持ちを込めて、深い深いキスをした。

 

 

 

 

 

 ………カタンって音が、聞こえるまで。

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