第155話
「真澄ってどんな小中学生だったんですか?」
七星は相当お腹がすいていたらしく、いただきますと同時に結構な勢いで食べ始めた。
やっぱり真澄のご飯はうまいって、三分の一ほどを一気に食べてから里見に聞いた。
僕の向かいに座る里見が、まだ七星が食べた半分ぐらいしか食べていない里見が、そうだなあって考えている。
思ったより、思った以上に、ふたりは最初牽制しあって、思ったより、思った以上にふたりはそれからわりと普通に喋っている。
それを見ている僕は僕で、思った以上に複雑な気持ちだった。
「変なこと言わないでよ、里見」
「変なことって何だよ」
「え?真澄って変なことするような子どもだったの?」
「しないよ。してないよ」
「じゃあ変なこと言わないでって何?」
「だって里見、何か言いそうだし」
「夏目の中で俺の認識ってそんななの?」
「だって里見じゃん」
「意味分かんないって、それ」
「だって里見だし以外説明できないし」
くすくすくす。
僕たちの会話を聞いて、七星が笑う。
「笑うとこなかったよ、今」
「里見さんに対する真澄の態度な」
「………それ里見にも言われた」
「昔からだよ。夏目は基本おとなしくて、自分が話すより、うんうんって聞く方なんだけど、何故か俺にだけはあたりが強い」
「そうなんだ」
変なこと言わないでって言ってるのに。
ちょっとにやにやしている里見と。
ちょっとにやにやしている七星。
「しょうがないでしょ」
僕はご飯を一口食べて言った。
「だって里見だし」
「だって里見だし」
何故かそう言うのが分かったらしい里見が、僕が言うのと同時に言った。
びっくりした僕に里見は笑った。言うと思ったって。
七星も笑っている。
もうって言いながら、僕も笑った。
笑いながら思った。
僕と七星を見たいって、本当は奥さんとのこれからのための参考に、ではなく。
安心、したかったのかも。
僕が幸せなのを、僕が今本当に七星を好きで、七星もそうで、七星に大切に大切にされているのを、里見がその目で、目の前で、見たかったのかも。
里見と幸せになれなかった僕を、里見が幸せにできなかった僕を、七星に託したかったのかも。なんて。
そんな風に思っても、いい?
いいよ、ね。
僕は里見が思う以上に里見が好きだった。
そして僕も。
僕が思う以上に、里見に。
「夏目は小学生の頃からかわいかったよ」
「………普通だよ」
「あー、分かる。そんな感じする」
「だから普通だって」
「俺はほぼほぼ一目惚れだった」
「ちょっと里見」
「あー、それも分かる。俺もだし」
「え?」
「久保くんも?」
「俺最初この辺の配達じゃなかったんだけど、慣れてくると段々配達範囲広くなるんだ。慣れてきてこっちも任されるようになって、その初日にやられた。何だこのキレイな人って」
「………え」
「うん。分かる」
「ですよね?分かりますよね?」
「………僕には全然さっぱり分かんないんだけど」
「出てる空気みたいなのがあるんだよ」
「うわー、里見さん、それめっちゃ分かる‼︎真澄の‼︎空気が‼︎」
「うん。多分俺たちみたいなのは、引っかかるんだと思う」
俺たちみたいなのは。
僕はその言葉の方に引っかかりを覚えた。
それはつまり。
同性に、男に生まれながら、男に惹かれる………。
「ま、本人自覚なしだけど」
「ないよ。初めて聞いたよ、そんなの」
「俺、実は先週の同窓会、夜の街を歩く真澄が心配すぎて迎えに行った」
「え?」
「酒飲んでちょっと酔ってひとりで帰って来るなんて、とてもじゃないけど………。かと言って最後まで居るってなったらそれはそれで心配だし。っていう俺の気持ち、里見さんなら分かってくれると思う」
「うん、分かる」
「ほら」
「………僕にはちっとも分かんないよ」
不思議な光景。
目の前で、かつてのコイビトと今のコイビトが僕のことで盛り上がっている。しかも楽しそうに。
不思議。
でも、それを。
その光景を。
多分僕は、ずっと忘れないだろうって。
そう、思った。
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