第154話
「七星、先にお風呂入る?」
里見がトイレから戻って来て、ダイニングテーブルの椅子に座った。
七星が洗面所から出てきた。
ふたりが同時にこの家に居るのは、やっぱり複雑な気持ち。
それでもなるべくいつも通りにと、でも、いつもは聞かないお風呂をどうするか聞いた。
いつもならお風呂、だから。
「後でいいよ」
「お腹すいてる?」
「すいてるけどそうじゃなくて、こういうのはやっぱお客さんの里見さんが先だろ?」
「………」
お客さん、の。
それは、敢えての言葉なんだろうか。
牽制、じゃないけど。
ここは里見と暮らすことを夢見て買った家。
でも今は、七星と暮らすことになっている家。
まだ、だけど、もうすぐ七星の家にもなる家。ほとんど七星の家でもある家。
この約1週間里見は里見の家のように居たけれど、違うんだよって。ここは僕の、真澄の家で、すなわちここは、コイビト・パートナーである俺の家だって。
七星がそう言っているような気がした。
僕は思わず七星を見つめた。
七星の言っていることは間違いではない。
里見を見た。
里見はテーブルの一点を見つめて、まるでフリーズしているようだった。
「昨日までどうしてた?」
「先にご飯食べてた」
「じゃあ先にご飯にしよ。食べ終わったら里見さんから風呂で」
間違いではない。間違いどころかむしろ正しい。
七星にとって、この家での里見はあくまでも『お客さん』。もてなす相手。
ただ、その徹底ぶりが、里見には………残酷かもしれない。
「里見、いい?」
「………ああ、うん。ごめん、気をつかわせて」
「大丈夫ですよ。真澄、久々一緒に入る?」
「………なっ、なっ、何言ってるの七星‼︎」
「ん?よく一緒に入ってるんだから照れなくてもいいだろ」
「照れてないよ‼︎」
「そう?」
「そうだよ‼︎」
七星より背の低い僕を覗き込むように、七星が身体を少し傾けて、いたずらっぽく笑っている。
絶対ワザとだ。
さっき七星が帰って来たときに、トイレに行った里見に七星がそう言った。ワザとだって。
でも七星も、だ。ワザと僕とのコイビト感を、俺の真澄感を出している。里見に対してアピールしている。
里見が居るのに。里見が見てるのに。里見が聞いているのに。
って。
そこまで考えて、ふと思った。
どうして僕は、里見に気を使っているんだろう。
里見が言い出したのに。僕と七星が見たいって。
里見が自ら望んだんだよ。里見と奥さんのこれからのために。
「飯にしよ。手伝う」
最後はいつもの七星っぽく優しく笑って、大きな手がぽんって僕の頭に乗った。
僕はそのまま七星の手に自分の手を重ねた。
いつもの僕ならどうするだろうって、考えて。
「ありがと」
「ん」
「今日はハンバーグだよ。目玉焼きいるよね?」
頭の上で手を重ねたのは一瞬。
七星の大きな手を握って、夕飯にしようと七星とコンロの方に移動する。
「いるいる、目玉焼きがないハンバーグはハンバーグじゃない」
「普通にハンバーグだよ」
「お、ポテトもあるじゃん」
「あ、こら。つまみ食い禁止」
「うん。今日もうまい。俺どこの店のポテトより真澄のポテトが一番好き」
「ちょっと七星、あんまり食べちゃダメ」
いつもの僕たちに、里見が入ってくることはなかった。
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