第153話
「夏目、スマホ鳴った。メール」
「え?あ、ありがとう」
今日は七星が来る。
帰るときにいつも連絡をくれるから、スマホはダイニングテーブルに置いておいた。
この耳のせいで、ラインやメール受信の短い音は、時々鳴っても気づかない。
時計を見た。
この時間なら多分七星だ。
七星からラインで来るのは『今から局出る』ぐらい。だから気づかなくてもさほど問題ない。それはお互いの認識。だからライン。
でも、『ビールまだあったっけ?』とか『スーパー寄るけど要るものある?』とか、僕に聞きたいことがあるときは、七星は必ず電話をくれる。
1回で出なくても、僕が気づかなくても、気づけなくても、少し時間を置いてかけてくれる。
そういうところが、好き。余計に好き。
スマホ見たらやっぱり七星で、『今から局出る』だった。
ということは、寄り道はしないでまっすぐうちに来るということ。
僕にこの一文を送ってすぐにバイクに乗るらしいから、僕は返事をしない。読むだけ。
最短で着く時間を時計で確認した。
七星は帰ってすぐにお風呂に直行する。
冬は寒いからあたたまるために。
夏はたくさんかいた汗を流すために。
どちらでもないこの季節はその流れで。
今日は里見が居るからどうだろう。
準備するだけしておこうと、いつでも入れるよう湯船にお湯をためた。
そんな僕を、里見は見ていた。
お風呂の準備もした。ご飯の準備も大体終わった。
そろそろかなって時間になって、僕は玄関で七星を待った。
少しして玄関の向こうに人影が見えて音がして。
僕と七星と里見の夜。
僕と七星と里見の朝まで。
僕と現コイビトと元コイビト、の。
複雑な気持ちで、僕は玄関を開けた。
「おかえり」
「ただいま」
「あれ?びっくりしてない」
「うん。今日は絶対居ると思った」
今日は、絶対居ると。
僕が七星の帰りを玄関で待つことは、少なくはないけれどいつもではない。多くもない。
ラインに気づかなかったり、夕飯の準備で手が離せなかったりのときはしていない。できない。
だから七星は時々僕が中から玄関を開けるとびっくりすることがある。
でも今日は。
靴を脱いであがった七星が、ふわって僕を抱き締めた。
「七星?」
おかえりのハグとキスはする。
お出迎えしてもしなくてもする。
………いつもは、手洗いうがいをしてから。
「疲れた?」
こんな風に帰ってきてするのは、稀。
本当にものすごく疲れたときぐらい。
「ううん、違う」
「体調悪い?」
「超快調」
「どうしたの?」
大きな身体。
熱い身体。
僕だって決して小柄ではないはずなのに、七星にはすっぽり、の。
「やっぱこっち」
「こっち?」
「俺が帰って来るうち、家は、真澄がおかえりって言ってくれる、こっちの家って、改めて思ってるとこ」
「………七星」
七星が帰って来るうちは。
うん。そうだよ。
僕もそう。七星にはこっちに帰って来て欲しい。
おかえりを七星に直接、ラインや電話じゃなくて、言わせて欲しい。
うんって僕は返事をして、七星の頬にキスをした。
それにちょっと照れた七星も、同じように僕の頬にキスをした。
「俺が言ってもいいのか分からないけど、おかえり久保くん」
「………あ。里見さんに言ってもいいのか分からないけど、ただいまです」
里見が七星に言って、七星が答えて、里見はそのままトイレの方に行った。
見ただろうか。
見た、よね?
抱き合ってるのは、今も七星の腕が離れていないからもちろん。
キス、も?
「あれ絶対ワザとだぞ」
「え?」
「里見さん。真澄が全然戻らないから覗きに来たんだって」
「え?」
何言ってるのって、思ったけど。
何言ってるのって、言おうと思ったけど。
ちょっと身体を離して見上げた七星が、ちょっと拗ねた顔に見えて。
「まっ………」
僕はちょんって、一瞬だけ。いつもは手洗いうがいをしてからしかしないキスを、触れるだけのキスを、した。
七星はすごくびっくりして、これだからな真澄はって、長くかぶっているヘルメットのせいで、不思議な髪型になっている頭をガシガシと掻いた。
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