第125話
そういえば昼も麺だったなって、ちょっと残念な気持ちはあったけれど、ラーメンを頼むのはやめた。
やめて、ここのうまいよって七星オススメのお店の親子丼を頼んだ。七星はつまみにって唐揚げを。
でもそこは宅配をしていないお店で、バイクの方が早いからって、七星が取りに行ってくれた。
七星は今日も仕事だったのに。
今は会うことも、ろくに連絡をすることもできないのに。
大事にされている。大切にされている。
それが言外に伝わってくる。
だから僕も同じだけの、それ以上の何かを返したくなる。
七星がくれるのは、そういうの。七星との間にあるのは、そういうの。与えられる愛情。だから僕もって返す。与える。与え合う。
里見との間にはなかった。里見との間にあったのは我慢。待つ。耐える。
僕のために行ってくれている七星を、ただ待っているのもイヤで、何かしたくなって、散らばる服を、1枚、また1枚と畳んだ。
ローテーブルの上を片付けた。
流しのグラスやタッパーを洗った。
そしてそろそろ戻って来るかなって、部屋に戻って、僕は見つけた。
七星がいつも買っている週刊漫画に埋もれるように置いてある。
………求人雑誌を。
七星が動き始めている。
そう思った。
七星は元サッカーチームのコーチ。
かつてのコイビトと、その家族と色々あって、チーム内の保護者に変な噂をたてられやめて、今は郵便配達員。
今の仕事は、いつまでもやる仕事じゃないと言っていた。
何がきっかけなのか。
敢えて距離を置いていた社会に、七星はまた戻る決心をしたのかもしれない。
七星は、強い。逞しい。
優しくて繊細で弱い部分を持ちながらも、七星はそれだけじゃない。七星は強く、逞しい。
玄関から鍵を開ける音がして、僕は七星を出迎えるために玄関に行った。
「おかえり。ありがとう」
ドアを開けて入って来た七星に、僕はそっと腕を絡めた。
ん?って、甘い声。
でもすぐに何も持っていない方の手で僕を抱き締めてくれて。そして。
「ただいま」
こんな毎日が欲しい。
そう、思った。
七星の電光石火シャワーを待って、僕は親子丼を、七星はビールを飲みながら唐揚げを食べた。
里見の話は、食べながらはしなかった。
食べながらしたのは、犬を飼うかって話。
豆太元気?って僕が聞いて、真澄は本当に豆太が好きだなって話から、じゃあうちでも飼う?って。七星が。
『うち』でも。
一緒に暮らす。約束をした。そうする。
里見と暮らすことを夢見たあの家に、里見とではなく七星と。
そしてそれはもうすぐ。
もうすぐだから嬉しい。
そして。
もうすぐだから………。
「無理なのは分かってるけど、豆太が欲しいなあ」
「まあそれは無理だな。同じパグにする?
「え?名前豆二なの?」
「豆2号で豆二」
「そのまま過ぎない?」
「あ、豆太のお嫁さんでもいいかも。
「………どうして豆縛りなんだろう」
「どうしてって、豆っぽいから」
そんな話を、食べながらずっとしていた。
それは、深い意味など何もない、でも深く大きな幸せな話。
「今度見に行こう。豆二か豆美」
「ねぇ、七星。名前ってもうそれに決定なの?」
「ダメ?」
「………うーん」
「うーんって何だうーんって」
「………うーん」
「………じゃあ、保留で」
「うん。保留ね」
笑う。
笑う今日を経て笑う明日が来ると僕は七星と一緒に居て知った。
里見にも知って欲しい。
でも、里見と笑うのは僕ではない。
里見と笑うのは。里見と今日を、今を笑うのは。
「何かあった?」
食べ終わった僕に、七星が静かに聞いた。
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