第124話

「真澄?」

「………七星っ」

 

 

 

 

 

 七星のマンション。

 

 

 玄関のところに僕は座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 あれから、里見はご飯もいいって言って、夜空観察だけしていい?って僕の車で美浜公園まで行って記録だけすると、じゃあって海の方に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 僕も行く、とは、言えなかった。

 

 

 里見の背中が、それを拒否していたから。

 

 

 僕の心が、七星を求めていたから。

 

 

 

 

 

 何時に帰るとも、里見は。

 

 

 

 

 

 帰って来るよね?

 

 

 そのままどこかに行ったりしないよね?

 

 

 

 

 

 里見の背中が見えなくなるまで、僕は里見をずっと見ていた。

 

 

 

 

 

 それから車に乗って七星が住むマンションに来た。

 

 

 七星には何も言わずに来た。

 

 

 車をマンションすぐの道にとめて、七星のバイクがあるか駐輪場を覗いた。

 

 

 

 

 

 なかった。

 

 

 

 

 

 そのまま僕は七星の部屋の玄関のところに蹲って七星の帰りを待った。

 

 

 

 

 

「どうした?」

「七星」

 

 

 

 

 

 きっと情けない顔で七星を見上げる僕に、七星は手を差し出してくれた。立たせてくれた。

 

 

 僕はそのまま七星の首に腕を絡めて。

 

 

 

 

 

 熱い、身体。

 

 

 熱いぬくもりに、大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連絡くれればもっと早く帰ってきたのに」

 

 

 

 

 

 冷蔵庫に買ってきたらしい缶ビールを入れながら、七星は言った。

 

 

 いつもならとっくに帰って来ている時間にいなかったのは、ご飯を食べてきたから、らしい。

 

 

 ラーメン屋に寄ってコンビニに寄って、帰って来たら僕が居た。びっくりしたって。真澄禁断症状で幻でも見えてるのかと思ったって、七星は笑った。

 

 

 

 

 

 七星のぬくもりにしがみついた僕を、七星は優しく抱き締めてそのまま頬にキスをしてくれた。

 

 

 

 

 

 それだけで胸がいっぱいだった。

 

 

 七星が居る。僕に触れてくれている。死に向かう生ではなく、生きている生で。

 

 

 

 

 

「真澄飯は?」

「………食べてない」

「帰ったらある?里見さんと食べる?」

「ううん。ないよ。里見は………いいって」

「じゃあ、時間は?ある?」

「………分かんない」

 

 

 

 

 

 相変わらず敷きっぱなしの布団の上。

 

 

 僕はそこに座らされていた。そこ座っとけって。

 

 

 服が乱雑に散らかっている。さっき七星がぽいぽいって投げた、洗ったのか洗っていないのか分からないやつ。

 

 

 

 

 

 もう本当に。

 

 

 それがそれだけで胸がいっぱいになる。七星だ。七星が七星らしく生きているというだけで、七星の内に死の影が見えないというだけで。

 

 

 

 

 

 手を伸ばして、落ちているTシャツを拾った。

 

 

 畳んだ。

 

 

 

 

 

「においは嗅がないんだ。今日は」

「僕にその趣味はないよ」

 

 

 

 

 

 七星が僕の方に来てしゃがむ。

 

 

 僕の髪に触れる。

 

 

 引き寄せられて、唇が重なった。

 

 

 

 

 

「里見さん、どっか行ったの?」

「………うん」

「帰ってくる?」

「………分かんない」

「喧嘩した?」

「………分かんない」

 

 

 

 

 

 質問されて答えて、キス。

 

 

 質問されて答えて、キス。

 

 

 質問されて答えて、キス。

 

 

 

 

 

 最後に七星はくしゃくしゃっと僕の髪を撫でて、立ち上がった。

 

 

 そして、ポケットからスマホを取り出して。

 

 

 

 

 

「聞いてみるわ」

 

 

 

 

 

 言うと同時に、七星は里見に電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もしかして、なんて心配はいらなかった。

 

 

 里見はちゃんと電話に出た。

 

 

 ちょっとひとりでぶらぶらしたかったんだよって、僕に言ったのと同じことを七星に言ったらしい。

 

 

 それから、僕の心配も。

 

 

 

 

 

「真澄がしんどそうだから頼むよ、だって」

「………」

「真澄が帰るときに連絡くれればいいって」

「………」

 

 

 

 

 

 どこに居るんだろう。

 

 

 まだ海にいる?まだ夜の海を見てる?ひとりで?

 

 

 

 

 

 こっちに僕以外に知り合いは、居なくはないだろうけど、わざわざ連絡を取って会うほど親しい知り合いは、そもそも連絡先を知っているような知り合いは居ない、よね?

 

 

 迎えに行った方がいいのか。海に。

 

 

 

 

 

「ってことでとりあえずは飯だな」

「え?」

 

 

 

 

 

 どうしようって思っていたら、七星がごくごく普通にそう言った。

 

 

 

 

 

「デリバリー。何食う?何食いたい?俺がいつも頼むとこでいい?」

「え………まさか、七星も食べるの?」

「真澄のついでに食おっかなと思ってる」

「食べて来たんだよね?」

「食ったよ。炒飯セット、ラーメン大盛り」

「それでも食べるの?」

「食うよ。ひとりで食うよりその方がうまいだろ?」

 

 

 

 

 

 ひとりで、食べるより。

 

 

 

 

 

 ………うん。そうだね。

 

 

 ひとりで食べるよりふたりの方がおいしい。

 

 

 そしてその相手が愛しい存在なら、それだけでもっと。

 

 

 

 

 

「太っても知らないよ?」

「太っても真澄から俺への愛は変わらないから大丈夫」

 

 

 

 

 

 僕からの。七星への。

 

 

 

 

 

 言葉とは裏腹に、七星の、僕を見ている目に、ほんの少しだけ、不安が見えた。

 

 

 ゆらゆら揺れる。不安。

 

 

 

 

 

 僕は来たときと同じように七星の首に腕を絡めた。

 

 

 そして僕がさっきされたように、七星の頬にキスをした。

 

 

 

 

 

「………変わるわけないでしょ」

「………ん」

 

 

 

 

 

 早く。

 

 

 早く七星と一緒に暮らしたい。早く今までの普通を。日常を。

 

 

 

 

 

 里見と居るのは辛い。苦しい。

 

 

 

 

 

 でも。

 

 

 

 

 

 里見。

 

 

 

 

 

 僕はお前に、あと何をすればいい?

 

 

 何をしたらお前は。

 

 

 

 

 

「ピザにしよ」

「えー、ピザ?」

「え?イヤ?」

「今はそんな気分じゃないなあ」

「じゃあ何がいい?」

「ラーメン」

「………真澄」

 

 

 

 

 

 くすくすくす。

 

 

 

 

 

 七星の熱いぬくもりを感じながら、笑った。



 浮かんでくる涙を、誤魔化した。

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