第118話
もう少し見ていい?って里見が言った。
いいよって言って、僕は里見から離れた。奥さんと娘さんのものを買うのに、僕が近くに居るのはどうかと思って。
そして店内をひとりで見てまわった。
何人かの作家さんが共同でやっているというこのお店。
車で時々通る道沿いにあるのを見つけたのは何年前だろう。
お店には、僕が好きな陶器の食器類の他に、里見が今見ているガラス雑貨、木工品やシルバーアクセサリーもあって、それぞれ体験できる工房が隣にあった。
ぐるりとまわって、やっぱりゆっくり見たいのは食器。僕はその棚の前に戻った。
重みと無骨さと優しいぬくもりがあるここの食器は、ちょっと七星みたいだと思う。七星に似合う。だから好きなのかもしれない。
いいなあ。欲しいなあ。
お茶碗やお皿を見て思うけれど、今日は買わない。
今度、近いうちに七星と来て一緒に何か選ぼう。少しずつ揃えて行こう。もうすぐ僕たちは一緒に暮らすんだから。
どのお皿がいいかなと、自分が作る料理を考えながら棚を見て、やっぱり七星と来て選ぼうという結論に辿り着いて里見を探したら、里見がちょうどレジから僕の方へ来るところだった。
里見は何を選んだのか。お土産に。あのうさぎと。
きっといい顔で選んだんだろう。どれにしよう、どれが好きだろうって、相手が喜ぶ顔を思い浮かべながら。
「お待たせ」
少し申し訳ないような。
でも、満足したような。
里見はそんな笑みで、僕を見た。
お昼ご飯は、家に戻る途中の蕎麦屋に寄って食べた。
こうやってゆっくり食べたことないよねって。敢えてテーブルではなく座敷に通してもらった。
せっかくだからと、ふたりで一番高いやつを頼んだ。
メニューの写真を見て、食が細くなった里見が全部食べられるのか心配だったけれど、ゆっくりゆっくりと、里見はほぼほぼ完食した。
ひとつ。
またひとつ。
願いは叶い、願いは減る。
そういえば、だからなのか、里見の今までを少し知り、里見の辛さも少し分かり、本当は里見とやりたかったことをやり、あんなにも渦巻いていた僕の中の、里見への怒りがずいぶんと落ち着いたことに気づいた。心が大分、落ち着いてきていた。
どうして、とは、まだ思う。
もっと違う選択はできなかったのか、と。
あの頃より痩せ、白髪が増え、元々の色白とは違う顔色の悪さの里見を改めて見て。
どうして自ら辛い方へ。
逃げることは、切ることは、できなかったのか、と。
もしできていたら。
もし。
「夏目」
「ん?」
「反則かな、とは、思ったんだけど」
そう言って、里見が座敷テーブルの下からさっきのお店の袋を取り出して、その袋の中から小さな袋をひとつ。
差し出された袋。
「これ、夏目に」
「………反則だよ。僕は里見に何も買ってない」
「いいよ。一緒にストラップ作ったから」
少し悩んで、受け取った。
「………ありがとう。開けていい?」
里見に何か、は、僕は考えていなかった。
デートらしいデートをする。一緒にとんぼ玉を作る。
それでストラップを作るから、それでいいと。残るものは、残すものは、それだけで。あまり多くない方が、と。
僕は袋を里見が頷くのを見てから袋を開けた。
中には、うさぎ。
ガラスの、うさぎが………いた。
僕がお店で手に取った。
「俺もうさぎ。自分に買った」
「奥さんか娘さんにじゃなかったの?」
「ちゃんと買ったよ。うさぎじゃないけど」
買って帰りたいと思ったと、里見は言った。静かに言った。
自分の思い出として。でも、きっとこれを見てかわいいって目を輝かせるだろう娘に。
楽しかった?って言うだろう妻に。良かったねって。きっと。
そんなことを考えながら、あの時里見はこのうさぎを見ていたのか。
「いい、家族だね」
「………え?」
「里見は、里見が思ってる以上に家族に愛されてるし、里見は里見が思ってる以上に家族を愛してる」
「………」
里見は僕の言葉に何も答えなかった。
黙った。
でも、いつもの沈黙とは違う気がした。
自分の気持ちを感情を閉ざす沈黙ではなくて。もっと、別の。
「ありがとう。家に飾るよ」
「………うん」
これは仕事部屋の作業机に置こう。
ぴょんとまるの人形の横に。
小さなガラスのうさぎを、僕はそっと、握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます