第117話
とんぼ玉作り体験は、楽しかった。
平日だからなのかたまたまなのか、その日のとんぼ玉作り体験は僕たちともう1組カップルが居ただけ。
時間の少し前に、頭にタオルを巻いた熊っぽい人に呼ばれて着いた席は、そのカップルと少し離れていた。だから変に人の目を気にすることもなくできた。
教えてくれたのは、お店に入ってすぐ対応してくれた、小柄で優しそうな人だった。
丁寧に分かりやすく説明してくれた。戸惑う僕たちとカップルの作業台と行ったり来たりしながら。
僕は比較的すぐにコツをつかんだ。上手ですねって言ってもらえた。
でも里見は。
大きな、不器用を絵に描いたような手。
「どうして細かい作業すると里見の手は震えるのかな」
「………それは俺が聞きたい」
「わざと?ねぇ、その手のぶるぶるはわざとなの?」
「頼む、夏目。集中させてくれ。そして笑わないでくれ。俺は必死だ」
楽しかった。
初めてする、里見とのデートらしいデートは、普通に楽しかった。
里見も、見る限り楽しそうだった。
できたとんぼ玉は、ストラップになった。
里見はできあがったストラップをしげしげと見て、俺にもできたって、達成感をたっぷりと滲ませて呟いた。
僕はそれに、吹き出した。
1時間ほどでとんぼ玉作りが終わって、教えてくれた人にお礼を言って工房を出た。
隣接するお店側に出た。
「夏目何か買う?」
「僕は………いいよ」
欲しいものは、あった。
ここの食器はすごく好きで、七星と使いたいものが色々ある。
そう。
………七星と。
僕がここの何かを買うということは七星との何かを買うということ。
里見と来ているのにそれは憚られた。
僕は近いからいつでも来られる。
本当に欲しいなら七星と来ればいい。だから。
「里見は買いなよ。さっきの」
「………え?」
里見が、お店の中をぐるりと見て、出口に向かおうとしていた。
もう、行こうとしていた。
その行こうとしていた足を僕の言葉で止めて、びっくりしたように僕を見た。
「さっき見てたやつ。奥さんに?娘さんに?ふたりに?買いなよ。買うまで帰らない」
「………何言って」
「ほら、あそこでしょ?」
そんなことを言われるとは思っていなかったらしい里見が、僕を見ていられなくなったとでも言うかのように視線を右に左に泳がせている。
明らかな動揺。焦り。
僕から奥さんと娘さんへのお土産を買うよう言われるなんて。………思わない、か。
しかもほとんど脅し。
買うまで帰らない、とか。
里見の冷たい手を取って、さっき里見が見ていたガラス雑貨の棚の前まで連れて行った。
そこには、色んなポーズをした小さなガラスの人形があった。
動物、人、背中に翼があるから………天使?色々。
「どれを見てたの?さっき」
「夏目」
「買いなよ。買わなきゃダメだ」
「いいよ。ごめん。悪かった。せっかく俺とお前で来てるのに」
「違う。ごめんじゃない。僕は怒ってるんじゃない。怒ってムキになって買わせようとしてるんじゃないよ」
「じゃあ、何で」
里見の手を離して、僕は一番に目がいったガラスのうさぎを手に取った。
同じうさぎなのに、僕が描くうさぎとは、ぴょんとは全然違ううさぎを。
「里見がどれを見てたのかは分からないけど、いい顔してた」
「………え?」
「家族を思うお父さんの顔をしてたよ。奥さんを、娘さんを」
「………そんな、こと」
「確かに、普通の夫婦とは違うかもしれない。普通の家族とは違うかもしれない。でも」
俯く里見に、僕は、さっき思ったことを、感じたことを、言った。
「それでもやっぱり家族で、里見はちゃんと家族に、奥さんにも娘さんにも、ちゃんと愛情を持っている。………そんな顔をしてた」
「………」
「怒ってるんじゃない。僕は………僕はそれが………。嬉しかった」
里見が顔を上げた。
ゆらゆらと揺れる目で僕を見ていた。
だから僕は。
「ほら、どれ?」
うさぎを戻して、里見に聞いた。
里見は一瞬だけぎゅっと目を閉じて、唇を噛んだ。
そして。
「それ」
「え?」
「今夏目が持ってたやつ」
「やっぱりこの子?この子かわいいよね」
「一番最初に目がいった」
「………うん。僕も」
里見はコイビト。
長くコイビト関係にあった存在。
でも、里見は友だち。
僕に初めてできた、親しい友だち。
やっぱりだよ。
僕たちは気が合う。似たところがある。わりと多めに、ある。
そう僕が言ったら、少し寂しそうに里見は頷いて。
………僕が置いたうさぎを手に取った。
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