第77話

 しばらくそうやって抱き合って、里見がごめん、ありがとうって身体を離して、手で涙を拭った。

 

 

 僕はそうだって、見えないところにしまった天球儀を出して、ずっと置いていた棚の上に置いた。

 

 

 

 

 

 里見がうちに居る間は出しておこうって。

 

 

 会えなかった時間も、里見が結婚した後も、僕がこれを見て里見を想っていたことが、これで分かるだろうから。

 

 

 

 

 

「………それ」

「僕も誕生日に買ってもらった。中学のときに。里見の真似して」

 

 

 

 

 

 里見は一瞬目を見開いた。そして目を細めて天球儀を見て。

 

 

 近づいて、触れた。まわした。

 

 

 

 

「うちにもある。………まだ」

「………うん」

 

 

 

 

 

 まだ。

 

 

 

 

 

 それが伝えていることは。

 

 

 

 

 

 僕が好きって………こと。

 

 

 

 

 

「夏目、これは?」

「え?」

 

 

 

 

 

 これって。

 

 

 里見がズボンのポケットから出したのは、小さな天球儀だった。

 

 

 中学の、一番最初の別れの日に、里見が僕にくれた。

 

 

 

 

 

「………あるよ」

 

 

 

 

 

 作業机の引き出しを開けて、僕は里見にもらった小さな天球儀を出して里見に見せた。

 

 

 それを見て、嬉しそうに笑う。

 

 

 

 

 

「最後、交換しなかっただろ?」

「………うん」

「何でか分かる?」

「………僕は………もう会わないってことなんだなって、思った」

 

 

 

 

 

 小さな天球儀の交換は、次に会うための約束だって、僕は思っていたから。

 

 

 

 

 

「………そっちが俺のなんだ」

「え?」

「こっちが最初に夏目に渡したやつ。だから交換しなかった。お前のやつを俺が持っていたくて」

 

 

 

 

 

 僕の解釈とは違う里見の理由に、驚いた。

 

 

 そして見た。小さな、てのひらに乗るぐらいの天球儀を。

 

 

 

 

 

「………何で分かるの?」

「傷」

「傷?」

「俺のやつには傷がついてるんだ」

 

 

 

 

 

 里見が、僕のてのひらに乗る天球儀の輪の外側を指差した。ここって。

 

 

 小さな天球儀の、小さな傷。

 

 

 言われないと分からないぐらいの。

 

 

 

 

 

 僕はずっと、最後の別れの日からずっと、里見の天球儀を胸にぶら下げていた。

 

 

 里見の。

 

 

 

 

 

「あと、これ形変わるの気づいた?」

「………え?」

「ほら。こうすると………輪に。指輪に、なるんだ」

「………っ」

 

 

 

 

 

 知らない。

 

 

 知らないよ。そんなこと。知らなかったよ。だって教えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 涙がまた、溢れて落ちた。後から後から溢れて落ちた。

 

 

 輪に。指輪になった僕の、僕がずっと持っていた里見の天球儀を握って泣いた。

 

 

 

 

 

 僕はずっと持っていた。

 

 

 僕はずっと胸に里見の『好き』を、想いを持っていた。

 

 

 

 

 

 だからと言って何が変わるわけではない。

 

 

 何も変わらない。

 

 

 里見は結婚していて、子どもも居て、病気になって、僕には七星が居る。

 

 

 何一つ変わるものは、現実は、何一つない。

 

 

 

 

 

 でも。

 

 

 

 

 

 好きだった。好きで好きで堪らなかった。

 

 

 里見。

 

 

 お前もずっと、そうだった。

 

 

 

 

 

「土曜日まででいい。これ………つけていて欲しい」

 

 

 

 

 

 里見の言葉に、僕は頷いた。

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