第78話

「わがままついでにもうひとつ」

「ん?」

「こっち、つけて」

「………うん」

 

 

 

 

 こっち。

 

 

 

 

 ちょっと待ってって、里見がずっと持っていた僕の天球儀をキーホルダーから外して僕に差し出した。

 

 

 それを受け取る、僕。

 

 

 かわりに僕のをちょうだいって言うみたいに、てのひらはそのままで。

 

 

 だから僕は、僕がずっと持っていた里見の天球儀を、指輪になった天球儀をチェーンから外して渡した。

 

 

 里見がそれを、また天球儀に直した。

 

 

 

 

 

 きっと土曜日、里見はこの、僕が土曜日までつけた僕の天球儀を持って帰るんだろう。

 

 

 そしてそれが、『次』のない、本当の………。

 

 

 

 

 

 渡された天球儀をチェーンに通して、そこで。

 

 

 

 

 

 七星。

 

 

 

 

 

 首からぶら下がるネックレス。

 

 

 七星とのコイビトの証。

 

 

 

 

 

 これ。

 

 

 

 

 

 クリスマスプレゼントにと、お互いに買ったそれを、僕は握った。

 

 

 これ、どうしよう。

 

 

 

 

 

 これと天球儀を一緒につけるのは、イヤ。絶対にイヤ。

 

 

 七星への気持ちと里見への気持ちは同時にはない。七星は今。里見は過去。それは同時には存在しない。させたくない。

 

 

 でも、七星に何も言わず外すのもイヤ。それも絶対にしたくない。

 

 

 でも、土曜日まででいいからこの天球儀をつけて欲しいって言う里見の小さな願いを叶えたい。僕も、せめて土曜日まではつけていたい。里見のため、というよりも、過去の僕のために。

 

 

 

 

 

「………ごめん。つけるの、夜まで待って」

 

 

 

 

 

 七星に連絡しよう。七星に会おう。

 

 

 会って、話して。

 

 

 

 

 

 片手に七星とお揃いの首のネックレスを、片手に里見とお揃いの天球儀を握って、里見に言った。

 

 

 

 

 

 七星に、このネックレスを預かっていて欲しいって言ったら、預かってくれるだろうか。

 

 

 里見との土曜日までが終わって、僕が七星の胸に帰るときまで、七星に持っていて欲しい。

 

 

 そして僕が帰ったら。七星の胸に帰ったら。

 

 

 

 

 

 七星。

 

 

 そのときに、おかえりってまた僕に、つけてくれる?

 

 

 

 

 

「………分かった」

 

 

 

 

 

 首元のネックレスを握る僕を、里見が見ている。

 

 

 これが七星とお揃いのものだと、里見は気づいているだろうか。

 

 

 

 

 

「夜、夜空観察のあと、少し出かけさせて」

「………うん。じゃあ俺、その間にホテル戻って荷物取ってくるよ」

「あ、そうか。荷物………」

「ホテル、そのままおさえておいた方がいい?………それとも」

 

 

 

 

 

 聞かれて。

 

 

 

 

 

 土曜日まで。

 

 

 

 

 

 それが、里見と僕に残された時間。ある時間。

 

 

 

 

 

 考えたのは一瞬。

 

 

 

 

 

「キャンセルしていいよ」

「………ありがとう」

 

 

 

 

 

 里見と住むことを夢見て買ったこの家に、里見と。

 

 

 

 

 

 僕は小さな天球儀を、ズボンのポケットに入れた。

 

 

 

 

 

「幸せそうでよかった」

「………」

 

 

 

 

 

 僕をじっと見ていた里見が、僕から目をそらしてそう言った。

 

 

 

 

 

「嫌味とか、変な意味とかじゃなく、本当にそう思う。夏目が幸せそうで良かった。笑ってて良かった」

 

 

 

 

 

 また。

 

 

 里見の言葉を聞いて、僕の胸に苛立ちが泡立った。

 

 

 

 

 

 キャンセルしていいよって言ったけど、本当に良かった?この苛立ちに、僕は土曜日まで。

 

 

 

 

 

 どうしてだろう。

 

 

 七星に対して苛立ちを覚えたことは多分一度もない。

 

 

 もうっ………なんて言うことはあるけど、本当に怒って言っていることなんかない。笑いながらしか。

 

 

 なのに里見には。

 

 

 

 

 

 そして苛立つから。

 

 

 

 

 

「………自分ばかりツラかったなんて思うなよ」

 

 

 

 

 

 言葉がきつくなる。乱暴になる。

 

 

 

 

 

「………うん。分かってる。でも、本当に思うんだ。お前に久保くんが居て良かっ………」

「黙れ」

「………」

 

 

 

 

 

 聞きたくなくて、遮った。途中で。里見の言葉を。

 

 

 

 

 

 今まで。

 

 

 誰かに対してこんな言葉を発したことはない。

 

 

 でも、苛立ちとともに僕の口から出てくるのは、自分でも聞くに耐えない乱暴な言葉。

 

 

 

 

 

 僕はそれを、止めることができなかった。

 

 

 考えるより先に言葉が出る。

 

 

 

 

 

「お前が選んだんだよ。全部。お前には奥さんが居る。娘さんだって居る。お前にはお前を必要としている人がちゃんと居る。なのにお前がそこを見てないんだ。お前が勝手に自分から不幸になってる」

「………っ」

 

 

 

 

 

 言って。

 

 

 言ってる言葉を自分で聞いて、そうだなって。自分で思った。

 

 

 

 

 

 何を言ってるんだ、里見は。

 

 

 僕はそう思っている。

 

 

 ふざけるなって。

 

 

 

 

 

 やったのならそのやったことにそこまで後悔するなよ。

 

 

 自滅するほど後悔するなら、最初からそんなことやるなよ。

 

 

 お前のまわりにだって、誰かは居た。誰かは居るんだ。

 

 

 僕を捨てたのなら、そのまわりの人を見るべきだ。

 

 

 

 

 

 僕が思う以上に僕を想っていてくれたことは単純に嬉しい。それを知って少し報われた。

 

 

 でも同時に。

 

 

 

 

 

 何してたんだよ。

 

 

 お前はずっと何を。

 

 

 

 

 

 バカだろ。バカすぎるだろ。病気になって尚、なんて。

 

 

 いい加減目を覚ませ。

 

 

 いい加減。

 

 

 

 

 

「………2階も見て」

「………うん」

 

 

 

 

 

 僕の今を、里見。

 

 

 見ればいい。思い知ればいいよ。

 

 

 

 

 

 僕は今、幸せ『しか』感じない毎日を送っている。

 

 

 お前とじゃない。里見。お前とじゃ、なく。

 

 

 

 

 

 ………そう思う僕は、やっぱり冷たい人間なんだ。

 

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