第58話

 同窓会の案内のハガキに、欠席に丸をつけてポストに出した。

 

 

 なるべくハガキに書いてあるSNSを登録してって書いてあったけど、僕はそれもしなかった。

 

 

 もう行くこともないだろうって。

 

 

 

 

 

 それから毎日は穏やかに過ぎた。

 

 

 

 

 

 2月は子どもの頃以来の豆まきを七星と一緒にやった。一緒に恵方巻を食べた。

 

 

 バレンタインは僕から七星にチョコをあげた。

 

 

 3月にはちらし寿司を一緒に作った。ホワイトデーに七星からお返しとたっぷりの愛をもらった。

 

 

 ミモザが咲き、いつの間にか鳥箱に住み始めている鳥を一緒に見上げた。

 

 

 豆太も七星と一緒に何回か泊まりに来た。

 

 

 それを知った理奈ちゃんが理奈も行きたいって言って、じゃあ美夜さん一家でどうぞって、美夜さん一家が泊まりに来た。

 

 

 春の日差しの下、うちの庭で、美夜さんが作って来てくれたお弁当と僕が作ったサンドイッチを食べた。

 

 

 夜は焼き肉をした。

 

 

 お酒を飲んで、喋って、笑った。

 

 

 

 

 

 そして4月。

 

 

 

 

 

 七星と一緒に2回目の花見に行った。

 

 

 去年と同じところに行った。

 

 

 2回目だねって、言いながら。去年も食べたね。去年もやったねって、屋台を覗いた。

 

 

 去年はまだ付き合ってなかった。

 

 

 好意はお互いにあったのに、付き合うまではいってなかった。

 

 

 

 

 

 もう1年か。

 

 

 

 

 

 早いなあって、ピンクの桜を七星とお団子を食べながら見上げた。

 

 

 

 


 穏やかに穏やかに、時間は過ぎた。

 





 その少しあと。

 

 

 普段は七星からか仕事絡みでしかかかって来ない電話が鳴った。

 

 

 

 

 

 画面には佐々木範人ささきのりと

 

 

 

 

 

 同窓会の幹事。

 

 

 

 

 

 佐々木は里見と同じバスケット部のキャプテン。生徒会長。そして毎回の同窓会の幹事。

 

 

 里見とも仲が良かった。だから僕も1年のときから知っていて、中3で同じクラスになったとき、よく一緒に居た。

 

 

 里見どうしてるんだろうな、なんて話もしていた。

 

 

 卒業してからはほとんど連絡はしていなかった。同窓会で電話番号を交換したのに、全然。同窓会で会って話す程度。

 

 

 

 

 

 着信を告げているスマホ。

 

 

 

 

 

 同窓会は4月の最終土曜日だった気がする。

 

 

 つまりはもうすぐ。

 

 

 

 

 

 何で、このタイミングで?

 

 

 

 

 

「………もしもし」

『夏目?俺。佐々木』

「うん。久しぶり」

『久しぶり』

 

 

 

 

 

 その電話に出るんじゃなかったと、電話を切った後に後悔した。

 

 

 

 

 

 電話は、同窓会に来て欲しいっていう内容だった。

 

 

 何でも佐々木の3人目の子どもが僕の絵本を好きらしく、絵本を持って行くからサインして欲しいって。

 

 

 それなら同窓会じゃなくてもいいじゃん。都合がつかないから個人的に会おうよって言ったけど、ダメだった。

 

 

 

 

 

 ずっと、僕がぴょんとまるの作者っていうことは、同級生たちにはほとんど知られていないことだった。

 

 

 でも、みんな結婚して子どもが生まれて、子どもに絵本を読むようになって、作者の名前が僕の名前と同じって気づいて、気づかれて………。

 

 

 

 

 

 佐々木もそのひとり。

 

 

 

 

 

『他にも夏目に会いたいってやつがたくさん居る。すげぇ聞かれるんだよ。来るのか?って。来ないって言っても何とかしろって。これでも断ったんだよ。でも、とにかくうるさいんだ。だから頼む‼︎来てくれるとみんな喜ぶから‼︎俺も久しぶりに会いたいし‼︎サイン欲しいし‼︎頼むからサプライズで来てくれ‼︎』

 

 

 

 

 

 懇願されて、懇願されて。

 

 

 

 

 

『里見が来ないから悪いって思うけど‼︎俺の名誉のためにも‼︎』

 

 

 

 

 

 里見が、来ない。

 

 

 

 

 

『子どもに言っちまったんだよ。これを描いてる人とパパはお友だちって。だから頼む。頼むよ夏目‼︎この通り‼︎』

 

 

 

 

 

 佐々木の粘りの懇願は続いていた。

 

 

 

 

 

 あまり行きたいとは思わない。でも里見は来ない。

 

 

 人が多いところは、賑やかなところは今も得意ではない。耳が疲れる。でも佐々木が。

 

 

 

 

 

「分かったよ。行くよ。でも途中で抜けるよ?」

 

 

 

 

 

 佐々木の押しに、僕は負けた。

 

 




 同窓会がある日は土曜日。七星が泊まりに来る日。

 

 

 僕は同窓会よりも七星がいい。

 

 

 

 

 

 顔を出して、少ししたら帰ろう。

 

 

 

 

 

 そう七星に夜の電話で話したら、帰るの何時ごろって時間決めてくれたら迎えに行くよって、言ってくれた。

 

 

 

 

 

 うん。

 

 

 

 

 

 来て。迎えに来て。

 

 

 

 

 

 きっとまた僕は、里見のことを思い出して胸が痛いから。過去の傷から血を溢れさせてるから。

 

 

 それを癒せるのは、七星しか居ないから。

 

 

 

 

 

 仕事部屋。

 

 

 

 

 

 中学のときに誕生日に買ってもらった天球儀はもう片付けた。

 

 

 ずっと置いてあった、今は何もないところを見て、僕は大きく息を吐いた。

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