第59話

 同窓会がある前日の金曜日に、七星が来てくれた。

 

 

 何の連絡もなく突然だったからびっくりした。

 

 

 びっくりしたけど嬉しくて、僕は玄関で七星にしがみついた。

 

 

 

 

 

 きっと七星は、明日の同窓会に本当は行きたくない僕を心配して来てくれたんだ。

 

 

 

 

 

「泊まってく」

「………うん」

「明日も迎えに行く」

「………うん」

 

 

 

 

 

 嬉しかった。

 

 

 

 

 

 七星の前で僕は、大丈夫だよ。心配しないでって、強がらなくていい。甘えていい。里見が来ないのに、勝手に里見を思い出してこんな風になっている自分を見せてもいい。

 

 

 

 

 

 七星が僕に、そうで居させてくれているのが、すごく分かるから。

 

 

 

 

 

 里見は、来ない。

 

 

 

 

 

 昨日また佐々木から電話があって、来れるよな?来てくれるよな?って確認されて、そのときに聞いた。里見は来ないの?って。

 

 

 

 

 

『引っ越したかもな、あいつ。前の同窓会のときもだったけど、ハガキ送っても返事が来ないんだよ。まあ、かと言ってハガキが宛先不明で戻ってきてるわけじゃないけどさ。確かマンションだったから、引っ越してても配達先変更してなきゃそのままその部屋に届くだろうし。携帯番号も変わってるから確認のしようもない。とにかく連絡がつかないんだよ。夏目本当に知らね?』

 

 

 

 

 

 ごめん、知らないんだって佐々木には言って、ごめん用事があるから1時間ぐらいで帰るよって言って、電話を切った。

 

 

 

 

 

 だから里見は来ない。

 

 

 

 

 

 でも。

 

 

 

 

 

「ご飯、何か作るよ」

「買ってきたからいいよ。連絡しなかったの俺だし」

「………うん。びっくりした」

「びっくりさせようと思ったから。真澄は何か食った?」

「………」

「だろうと思って多めに買ってきた。一緒に食お」

 

 

 

 

 

 すっぽりと、大きな身体に僕がすっぽりとおさまる。

 

 

 こんなにも大きいのに、こんなにも僕の不安を不安定をこんなにも分かってくれて、そこを含む僕の心に優しく触れてくれる繊細さを持っている七星。

 

 

 

 

 

「真澄?」

「………」

「七星好き」

「え?」

「絶対今そう思ってるだろ」

 

 

 

 

 

 七星がそっと、少しだけ僕から身体を離して、笑みを浮かべながらそう言った。

 

 

 

 

 

 合わさる額。

 

 

 

 

 

 笑う。笑っちゃう。

 

 

 

 

 

「そうだよ。よく分かったね」

「キスしたいから手洗いうがいさせて」

「………うん。あ、七星」

「ん?」

「おかえり。ごめん、びっくりしすぎて言うの忘れてた」

 

 

 

 

 

 七星が、僕を離そうとしていたのに、また抱き寄せた。ぎゅって。

 

 

 そして僕の右耳の方で、言った。

 

 

 

 

 

「………ただいま」

 

 

 

 

 

 今の一瞬の間は、驚きで、喜び。

 

 

 

 

 

「ねぇ、七星」

「ん?」

「やっぱり離れて暮らしている方が不自然だよ。僕たちは一緒に居るのがいいんだよ」

「………」

 

 

 

 

 

 同窓会で不安だから、不安定だから言っているんじゃない。

 

 

 ずっとそう思っていた。何回もそう言っている。

 

 

 七星だって分かっているはずなんだ。今だってそう思った。だからの間。

 

 

 

 

 

「もう、出会って1年は経ったよ?」

 

 

 

 

 

 抱き締められて、僕も七星の背中に腕を回して、そのまま七星の、少しかたい髪の毛を撫でた。

 

 

 ずっとヘルメットをかぶっているから、変にクセのついている髪を。

 

 

 

 

 

「マンション、退去の電話するよ」

「七星」

「おかえりって、毎日真澄に言って欲しいって、今すげぇ思ってたとこ」

「………うん」

 

 

 

 

 

 何年かぶりの同窓会の前日。

 

 

 それは嬉しい約束だった。

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