第49話

「頭ごなしに反対したことがあった。それを今は恥ずかしいとをしたと思ってる。七星もつらかっただろうと、反省している」

 

 

 

 

 

 天ぷらが全部揚がって、急遽僕が作ったオニオンリングも揚がって、お寿司が来て、お茶やお味噌汁を入れて、それはそれは賑やかな夕飯だった。

 

 

 お父さんとお母さん、健史さんがお酒を飲んで、ほろ酔いだったから余計。

 

 

 

 

 

 でも急にお父さんがぽつりと、真面目に。

 

 

 僕たちを見て。

 

 

 

 

 

 だから必然的にみんなの視線が僕たちに向いて………焦る。

 

 

 

 

 

「幸せそうだものねぇ。七星と真澄くん」

「七星がべた惚れしてるの丸分かり」

「悪いか。羨ましいんだろ」

「うちだって十分べた惚れされてます」

「………って姉貴が言ってますけど、健史さん」

「はいはい、べた惚れしてますよ。美夜さん」

「棒読み」

「そんなことないですよ。美夜さん」

「だから棒読み」

「ハハハハハ」

「空笑い」

「………」

「黙るな」

「………健史さんも大変ですね」

「………ね」

「健史さん?今何か仰いました?」

「………仰ってません」

「真澄くんは、七星が構いすぎてイヤだったらイヤって言わなきゃダメよ?」

 

 

 

 

 

 焦ったけど、そのまま会話が流れていって、楽しそうだなあって、仲良しだなあって、美夜さんたちのやり取りを見ていた。

 

 

 そこへの、お母さんからの、左からの不意打ち。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 聞こえなかった。

 

 

 何て言った?

 

 

 

 

 

 まだ左耳が聞こえないことは言っていない。

 

 

 言った方が、いいのか。

 

 

 

 

 

「………思わないみたいね」

「え?何を?」

「真澄がそんなこと思うわけないだろ」

「え?」

「はいはい、そうですよね。ごちそうさまー」

「え?え?」

 

 

 

 

 

 何のことか分からないから、右に左に顔を向けて、最終的に僕の右隣に座る七星に何?って、髪を右耳にかけて顔を寄せた。

 

 

 すかさずそういうとこ‼︎らぶが出てる‼︎って美夜さんに言われて笑われる。

 

 

 

 

 

「俺が真澄を構いすぎてイヤだったらイヤって言えだって」

「………構いすぎてって」

「うん。だから真澄がそんなこと思うわけないだろって」

 

 

 

 

 

 な?って聞かれて、僕は笑った。

 

 

 

 

 

「何で笑うんだよ」

「かわいい」

「え?実は思ってる?」

「そんなこと、僕が思うわけないでしょ」

 

 

 

 

 

 七星と居ると楽しい。

 

 

 七星と居ると穏やかな気持ちになれる。なのに一番どきどきするのも七星。

 

 

 そして七星と居ると癒される。過去にできた心の傷が。

 

 

 だから、そんなこと。思えるはずがない。

 

 

 

 

 

「だかららぶが出てる‼︎七星デレすぎ‼︎」

「煩い。羨ましいなら健史さんに頼め」

「………」

「………」

「どういう意味の沈黙だよ、そこ」

「………」

「………」

「私お父さんにらぶを溢れさせてもらおうかなあ」

 

 

 

 

 

 酔っ払いのお母さんの一言に、みんなで一瞬黙って。

 

 

 みんなで、笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真澄くんのご両親のところへは?」

 

 

 

 

 

 食べ終わって、少し片付けて、美夜さん一家が先に帰って行った。

 

 

 少し静かになった家。

 

 

 酔いがさめたのか、コーヒーでも飲みましょうかって、お母さんがいれてくれた。

 

 

 

 

 

 ご飯中はゲージに入っていた豆太を七星が出してくれて、豆太は僕の横にくっついて座っている。

 

 

 遊んで欲しいのか、僕の腕を小さな前足で叩いている。

 

 

 その小さな前足をそっと握った。

 

 

 

 

 

「うちは………。薄々分かっているとは思うけど、理解はしてもらえないだろうから、僕がそもそも伝えてなくて………。今のところ行く予定はないです」

 

 

 

 

 

 お父さんに聞かれて、僕は正直に答えた。

 

 

 

 

 

 親に、家族に、僕のことを伝えようと思ったことは、ない。

 

 

 

 

 

 里見が好きだったこと。里見と付き合っていたこと。七星が好きなこと。七星と付き合っていること。

 

 

 何も。何一つ。伝えようとは。

 

 

 

 

 

 里見のお父さんお母さん、うちの両親。

 

 

 そろって、僕たちを見たあのときの、あの目。

 

 

 どうしたって忘れられない。気持ち悪いものを見るような。蔑むような。その後も、どうしていいのか分からないような。戸惑い。僕の隣の女の子を見たときの安堵。

 

 

 そういう。

 

 

 

 

 

「違う」

「………え?」

「理解してもらえないんじゃない。理解してもらおうとしてないだけだ。こんなの、最初から理解なんてしてもらえない。最初は誰だってびっくりする。親なら余計だろ。普通とは違うんだから否定もされる。当たり前なんだよ。それでも分かってもらおうとするか、こわさを言い訳に逃げるか。どっちかだ」

「………っ」

 

 

 

 

 

 言葉を失うって、こういうことだ。

 

 

 

 

 

 七星の言葉がその通り過ぎて、でも今までそんな風に考えたことがなくて、本当に文字通り言葉を失った。

 

 

 

 

 

 僕は、理解してもらおうとは。

 

 

 僕がしたことは、ただ黙って時が流れるのを待った、だけで。何も。今も、何も。

 

 

 

 

 

「真澄がいいなら、俺は理解してもらえるまで真澄んちに行く。行って、分かってくれるまで話す」

「………七星」

 

 

 

 

 

 七星にも、ツライ過去がある。

 

 

 だから、まだ少し社会と、世間と距離を取っているところがあるように見える。

 

 

 何かを少し諦めているような。

 

 

 

 

 

 でも、それでも。

 

 

 七星は違う。僕とは違う。

 

 

 僕がただの逃げなら、七星は傷ついた心を癒すための、チャージの、ような。

 

 

 

 

 

 七星はいつか動き出す。でも今は立ち止まって、敢えて離れて、じっとそのタイミングを見ている。

 

 

 

 

 

 七星は今、そうしているんだ。

 

 

 

 

 

「真澄くん」

「………はい」

「親って最終的には子どもの幸せを願うもの。子どもの幸せを見たいもの。だからきっと、時間をかけて話せば分かってくれる。うちがその証拠。だからもし、話す勇気を持てたら、七星に任せてみてね。七星ならきっと大丈夫だから」

「………」

「真澄くん」

「………はい」

「こんなことを言うのも何だが………。どうか、七星を大切にしてやって欲しい。七星は大事な息子。自慢の息子だから。そして真澄くんも大切にしてもらって欲しい。七星はそれができる男だから」

「………」

 

 

 

 

 

 はいって声は、震えてかすれて、ちゃんと出なかった。

 

 

 

 

 

 こんなにも愛されている七星を、すごく羨ましいって、思った。

 

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