第48話

 ぽんって、七星の大きな手が背中に触れた。

 

 

 ダメって思ったけど、止まらなかった。涙が。

 

 

 

 

 

「………ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 色んなものが込み上げた。

 

 

 色んな感情が、思いが、想いが込み上げた。

 

 

 里見のこと、七星のこと、全部ごっちゃになって。

 

 

 

 

 

 七星は何も言わず片手で僕を抱き寄せて、僕の頭に頬を寄せてくれた。

 

 

 

 

 

「ティッシュどうぞ」

「………ありがとう」

 

 

 

 

 

 ティッシュを差し出してくれた理奈ちゃんに、僕は精一杯、泣きながら笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すみませんって謝ってから、僕は七星と夕飯の準備を手伝った。

 

 

 

 

 

 今日はお寿司って、さっき理奈ちゃんが言っていた。

 

 

 お寿司が大好きな理奈ちゃんが、今か今かと何回も玄関まで見に行っていた。

 

 

 理奈ちゃんは僕の絵本の耳折れうさぎ、ぴょんのぬいぐるみをずっと持ってくれていた。

 

 

 七星がくれたんだよーって。

 

 

 嬉しかった。

 

 

 その後ろを豆太がついていっていて、微笑ましい以外のなにものでもなかった。

 

 

 

 

 

「真澄くんっていつも自炊してるの?」

「あ、はい。僕あんまりひとりで外で食べるの得意じゃなくて」

 

 

 

 

 

 お寿司だけだと七星がものすごい食べちゃって自分たちの好きなものが全然食べられないからってことで作っている途中だった天ぷらを、僕は揚げていた。

 

 

 そんな僕を覗くお母さんと美夜さん。

 

 

 

 

 

「美夜より手際がいいんじゃ………」

「大丈夫よ。母さんよりも、だから」

「そ、そんなことないはずっ」

「あるある。ありあり」

「ないないっ。これでも主婦歴は長いんだからっ」

「歴『だけ』はね」

「美夜ちゃん、ちょっとお口が悪いんじゃなくって⁉︎」

「うん。母さんに似てね」

「ちょっと美夜‼︎」

「何よ」

 

 

 

 

 

 僕の家は男の方が多かったから、女の人って全然分かんなくて、お母さんと美夜さんの感じにああどうしようってちょっとなっていた。

 

 

 

 

 

「おい、それじゃあどっちが手伝ってるか分かんねぇだろ」

 

 

 

 

 

 それを多分、七星が察してくれたんだと思う。

 

 

 見てるだけなら退けって、来てくれた。

 

 

 

 

 

 安堵。

 

 

 

 

 

「大丈夫?煩いだろ」

「うん。ありがと」

「ちょっと煩いってなにー」

「ひどーい」

「だから煩いって」

 

 

 

 

 

 緊張もまだしている。

 

 

 初めてのことだし。自分の付き合っている相手の家に来る、なんて。

 

 

 しかも料理。って言っても揚げてるだけだし、何かしている方が気が紛れる。けど、慣れないキッチンだからやっぱり緊張、していて。

 

 

 

 

 

「あ、七星。これお皿にお願い」

「ん」

「母さんも姉貴もまじ邪魔」

 

 

 

 

 

 油切りバットに乗せた天ぷらを七星の方に寄せて、お箸ある?ってお箸を探す。

 

 

 

 

 

「ん、ある。なあ、真澄、今から何か作れない?」

「え?」

「真澄が作ったやつも食べたい」

「天ぷら結構あるよ?」

「残ったら姉貴が持って帰って明日天丼にして食うからいいよ」

「ちょっとそこ、何で分かってんの」

「いつものことだろ」

「………そうですね」

「何かない?簡単に作れるやつ」

「材料、何があるか分かんないしなあ」

 

 

 

 

 急に言われてもって思いつつ、今まで家で作ったことのある簡単レシピに頭を巡らせる。

 

 

 天ぷらを見る。ありそうな材料と、揚げものついで。

 

 

 

 

 

「アレならできるかも」

「できる?」

「材料があればね。あの………お母さん」

「お母さん⁉︎」

 

 

 

 

 

 七星のお母さんを何て呼んでいいか、一瞬悩んでお母さんって言ったら、そこに食いつかれた。

 

 

 

 

 

 ダメだった?

 

 

 

 

 

「あ………すみません」

「私‼︎真澄くんにお母さんって呼ばれたー‼︎」

「え?」

「えー、じゃあ私、美夜さんじゃなくてお姉さんがいいなあ」

「え?」

「じゃあボクはお兄さんだ」

「何でアンタが急に出てくんの?」

「え?ダメ?」

 

 

 

 

 

 向こうから健史さんまで。

 

 

 

 

 

「あの」

「理奈は理奈ー」

「でしょうね」

「お父さん」

「え………あの?」

「七星のコイビトならそうよねー。もう」

 

 

 

 

 

 え?え?って。

 

 

 

 

 

 テンポが良すぎて会話についていけない。頭もついていかない。

 

 

 あっちこっちからの声にあっちこっちを見るしか。

 

 

 

 

 

「あ、で、なあに?真澄くん」

「………あ、えと、お母さん。天ぷら粉と玉ねぎありますか?」

「あるある。ちょっと待ってね」

「えー、何作るの?真澄くん」

「俺が喋る隙間がねぇっ」

「それだけあれば、オニオンリングが」

「オニオンリング‼︎」

 

 

 

 

 

 テンポが、良すぎて。

 

 

 ちょっと、酸欠になりそう。

 

 

 

 

 

「あ、姉貴」

「何よ。オニオンリングは残っても持って帰るなとでも言うつもりっ⁉︎」

「んなもん全部俺が食うに決まってるだろ。誰が食わせるか」

「それはダメでしょ⁉︎私も食べる‼︎食べたい‼︎真澄くんの手料理‼︎で、何?」

「さっき何気にお姉さんってーとか言ってたけど」

「いいじゃない」

「姉貴より真澄のが年上だからな」

「………え?ま、真澄くんって」

「僕、七星より7才上です」

「えええええっ⁉︎」

「………まじ煩い」

 

 

 

 

 

 賑やかで、明るくて、笑いが絶えなくて見上げた七星が優しい顔で僕を見てくれて。

 

 

 僕はまた、涙が出て出そうになった。

 

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