第47話

 七星の家に行くって、一緒にご飯を食べるって決まったらとにかく落ち着かなくて、僕は意味もなく掃除をしたり片付けたり、服どうしよう、何を着て行こうってウロウロしていた。

 

 

 七星がそんな僕を見かねたのか、手を引いて2階の寝室に連れて行った。

 

 

 抱き寄せられて、キス。そのままベッドに倒される。

 

 

 

 

 

「七星?」

 

 

 

 

 

 キスに応えながらどうしたのって、聞く。

 

 

 

 

 

「落ち着けって言っても無理だろうから」

「………うん、無理」

「実は俺もちょっと緊張してる」

「そうなの?」

「そうだよ。するだろ、そりゃ。本気で付き合ってる相手を家族に紹介するんだから」

 

 

 

 

 

 本気で付き合ってる相手、を。

 

 

 

 

 

 笑みを浮かべて僕を見下ろす七星を見上げた。見つめた。その頬に手を添えて。

 

 

 

 

 

 きちんと付き合い始めてからは、まだそんなに長くはない。ほんの数ヶ月。

 

 

 なのに、とは思う。

 

 

 いくらお互いの年が普通なら結婚を考えてもおかしくない年だとしても。

 

 

 

 

 

 唇が、重なる。………深く、あやしく。

 

 

 

 

 

 昨夜も、朝も、で、これからも、は。

 

 

 

 

 

「………七星、無理、だよ?」

「そう?俺頑張ればいけそう。緊張と興奮って、ちょっと似てない?」

「似てないと思う」

「似てるってことにしとこ」

 

 

 

 

 

 七星はそう言って、僕の反論を許さないために、キス。

 

 

 

 

 

 無理だよ。できないよ。僕は七星ほど若くない。

 

 

 

 

 

 逃げようとする僕の、大して鍛えたことのない身体は、七星の大きくて筋肉質な身体の前では無力だった。びくともしない。

 

 

 結局力で負けて。

 

 

 

 

 

 快楽という時間は、あっという間に過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七星の実家。

 

 

 緊張しながら、七星の後ろからおじゃましますって入った。

 

 

 そしたら、僕たちの声を聞きつけた豆太が、たたたって走って来てくれて。

 

 

 

 

 

「豆、ただいま」

「あああああ、豆太あああああ♡」

 

 

 

 

 

 お出迎え豆太は最強だと思う。

 

 

 僕は玄関で豆太にめろめろで撃沈。豆太はそんな腰抜けでしゃがむ僕に飛びついて大歓迎してくれている。

 

 

 そしたら。奥から。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい、真澄くん。おかえり七星」

「あ、美夜さん。こんばんは」

 

 

 

 

 

 真澄くん。

 

 

 

 

 

 美夜さんからはそう呼ばれるようになっていて、呼ばれるたびに少しくすぐったい。

 

 

 

 

 

「こんばんは。そんなところで豆太にやられてないで中どうぞ」

「あ、はい。ごめんなさい」

「豆、上がれないって。ちょっとどけ。真澄、豆太抱っこして」

「あ、うん」

 

 

 

 

 

 大の男の大人が玄関にふたり。豆太が大興奮で通せんぼ。

 

 

 必然的に渋滞で、お酒ぐらい買って行こうよって寄ったスーパーの袋を持つ七星が、豆踏んじゃうからって立ち往生。

 

 

 僕は豆太をよいしょって抱っこした。

 

 

 

 

 

「来た来た、噂の真澄くん‼︎いらっしゃーい」

 

 

 

 

 

 そこに初めましての七星のお母さんが、出てきてくれた。

 

 

 初めましてで、真澄くん。

 

 

 

 

 

 やっぱりくすぐったかった。

 

 

 

 

 

 リビングには七星のお父さん、美夜さんの旦那さんの健史たけしさん、理奈ちゃん。

 

 

 台所には七星のお母さん、美夜さん。

 

 

 

 

 

 僕は豆太をそっとおろして玄関でまずお母さんに挨拶をした。

 

 

 まあ、本当に素敵な方。七星にはもったいないわねぇなんてことを言われた。

 

 

 そしてお父さん。

 

 

 

 

 

「親父。この人が夏目真澄さん。ちょっと前から付き合ってる」

「夏目です。初めまして」

 

 

 

 

 

 七星に言われて、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 この人が、美夜さんと七星の名前を考えた………。

 

 

 

 

 

「ゴリゴリだろ?」

 

 

 

 

 

 頭を上げたタイミングで言われて、ちょうど名前のことを考えていただけに。

 

 

 

 

 

「………ちょっと七星っ」

 

 

 

 

 

 絶対今僕、顔が。

 

 

 ………笑っちゃった気がする。

 

 

 

 

 

 七星のお父さんはすごく日に焼けていて色黒で、服の上からでも分かる筋肉の人だった。

 

 

 白髪まじり。

 

 

 

 

 

 じっと、何かを伺うように僕を見ていた。

 

 

 

 

 

 その顔が真剣すぎて、こわくなった。

 

 

 七星は大丈夫って言った。認めてくれているって。

 

 

 

 

 

 でも。

 

 

 もしかしたら。

 

 

 

 

 

 沈黙は、多分僕が思うよりずっと僅か。

 

 

 

 

 

 ………だったと思うけど、不安でそれは、すごく長く感じた。

 

 

 

 

 

「相手が誰でも、どんな人でも、自分が好きになった人から好きになってもらうことってすげぇことじゃねぇの?………だったな」

「………うん」

「自分たちだってそうだったんだろ?そうやって結婚したんだろ?同じだよ。同じなのにどうして自分たちは良くて、どうして相手が同性になった途端ダメなんだ?許してもらえないんだ?好きって気持ちは同じなのに、そんなのはおかしい」

「………うん」

 

 

 

 

 

 七星のお父さんが静かに言った言葉に、七星は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 今、お父さんが言ったのは。

 

 

 分かってもらおうと話をしたときの、七星の言葉。

 

 

 

 

 

「そのすげぇことが起こったんだ。………大事にしないとな」

 

 

 

 

 

 大事にって。

 

 

 

 

 

 大事に、って。

 

 

 

 

 

 ………僕を?

 

 

 

 

 

 七星を見上げたら、七星はうんってまた、静かに頷いた。

 

 

 僕を、僕の目を、しっかりと見つめて。

 

 

 

 

 

「真澄くん」

「は、はい⁉︎」

「七星をよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 お父さんが立ち上がって、僕に向かって頭を下げた。

 

 

 

 

 

 僕は。

 

 

 

 

 

 僕、は。

 

 

 

 

 

「真澄、息してる?」

 

 

 

 

 

 許して、くれるの?

 

 

 許して、もらえるの?

 

 

 本当に。こんなにもあっさりと。

 

 

 

 

 

 同性なのに。男同士なのに。

 

 

 こんなにも、普通に。当たり前に。

 

 

 

 

 

「………真澄」

 

 

 

 

 

 七星の優しい声が、右側から聞こえた。

 

 

 

 

 

 涙が、出てた。

 

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