第23話

 美浜公園には、ウォーキングやランニング、犬の散歩をしている人たちが何人かいた。

 

 

 僕は端のベンチに座って、もう暗い海と、夜の空をぼんやりと見ていた。

 

 

 

 

 

「あれ?もしかして真澄さん?」

「………え?」

 

 

 

 

 

 どれぐらいそうしていたのか。

 

 

 不意に話しかけられてびっくりして、声の方に目を向けた。

 

 

 そこに居たのは。

 

 

 

 

 

「あ…七星くん?」

 

 

 

 

 

 今日、初めて挨拶以外の言葉を交わした郵便配達員の七星くんだった。

 

 

 

 

 

「やっぱり真澄さんだ」

「こんばんは」

「こんばんは」

 

 

 

 

 

 真澄さん、なんて呼ばれるのは初めてだった。

 

 

 僕も七星くんなんて呼んじゃったけど、それは名前が印象的すぎて名字を覚えていないからで。

 

 

 

 

 

 馴れ馴れしいかな。

 

 

 でも、覚えてないし、七星くんも真澄さん、だし。

 

 

 

 

 

 七星くんは小さな犬の散歩をしていた。

 

 

 

 

 

「どうしたんすか?こんなとこで」

「………うん、ちょっとね。七星くんは?」

「俺の実家、この近く。時々豆太に会いたくなって来てる」

「まめた?」

「こいつ。豆太まめた

 

 

 

 

 

 かわいくね?って。

 

 

 七星くんが小さな犬をひょいって抱っこして、僕の方に来た。

 

 

 犬は、飼ったことがなくてあんまり知らないけど。

 

 

 

 

 

「パグ、だっけ?」

「そう。パグ」

 

 

 

 

 

 薄い茶色。小さくて目がくりんくりんで顔がくしゃってした、ぶさいく感満載の。

 

 

 

 

 

「かわいい。撫でていい?」

 

 

 

 

 

 黒目くりんくりんの豆太が、七星くんに抱っこされてじっと僕を見てる。

 

 

 七星くんはいいよって言いながら、僕の左隣に座った。

 

 

 

 

 

 左、は。

 

 

 

 

 

 辺りは静かだし、多分そんな長時間じゃないから、大丈夫か。

 

 

 

 

 

 僕はそっと豆太の頭に触れようとした。

 

 

 そしたら、つかまれた。手首を。七星くんに。

 

 

 

 

 

 どきんって、なった。びっくりして。

 

 

 

 

 

 何?って七星くんを見る。

 

 

 

 

 

 いつもは、門越し。

 

 

 手を伸ばして手紙を受け取る距離。

 

 

 しかも七星くんは制服にヘルメット。

 

 

 整った顔立ちだなと、思ってはいた、けど。

 

 

 

 

 

 私服姿の七星くんは、本当に普通にかっこいい青年だった。

 

 

 

 

 

 背格好が、里見と同じぐらい。

 

 

 スポーツか何かやっていたのか、やっているのか、もしかしたら里見よりもがっしりした体格かもしれない。

 

 

 

 

 

 七星くんが、僕の手首をつかんだまま、僕をじっと見ている。

 

 

 

 

 

 人に触れられること、ここまでの距離が久しぶり過ぎて、僕は変に緊張した。

 

 

 

 

 

「七星くん?」

「違う」

「違う?」

「軽くグーして」

「グー?」

 

 

 

 

 

 七星くんは、よく分かっていない僕の左手を僕より大きな手でこうって握った。

 

 

 

 

 

「あ、グーね」

「んで、こう」

 

 

 

 

 

 そのまま手の甲を豆太の鼻のところに持っていかれた。

 

 

 豆太は七星くんの腕に前足を乗せて、僕の軽く握った拳のにおいを嗅いだ。

 

 

 

 

 

 鼻の感触が、くすぐったい。

 

 

 

 

 

「かわいい」

「だろ?」

 

 

 

 

 

 しばらく嗅がれた後に、豆太は僕の手をぺろって舐めた。

 

 

 くすぐったくて、笑う。

 

 

 豆太がかわいくて、笑う。

 

 

 

 

 

「撫でるなら、この辺からな」

 

 

 

 

 

 七星くんが僕の左手を離して、今度は右手。

 

 

 持っていかれた右手を、豆太の首辺りに触らせてくれた。

 

 

 豆太もじっとしていてくれる。僕の手を舐めながら。

 

 

 

 

 

「すごいかわいい」

 

 

 

 

 

 動物が苦手というわけではないけど、そういえば今まであんまり縁がなかった。

 

 

 小さなぬくもりに、自然と笑っている自分がいた。

 

 

 

 

 

 撫でていたら、豆太がどんどん身体を乗り出して来て、ついには僕の方に移動した。

 

 

 僕の脚の上に立って、僕のあちこちのにおいを嗅いでいる。

 

 

 

 

 

「こら、豆」

「いいよ。大丈夫」

 

 

 

 

 

 小さなぬくもりに、癒された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る