第24話
「七星くんの家この辺なんだ?」
「実家がこの辺。結構前からひとり暮らししてるけど」
「えらいね。僕なんか30ぐらいまで実家に居たよ」
「え、真澄さんっていくつ?」
「36。七星くんは?」
「29」
僕のあーと、七星くんのえーが、同時で笑う。
僕は納得と言えば納得の年だった。何ならもう少し若いかなって。
「何で『えー?』」
「見えない」
「そう?」
「見えないよ。全然」
豆太を抱っこして撫でてる僕を、七星くんがすごく真面目な顔で見るから、やっぱり僕は変に緊張して、豆太に視線を落とした。
「実は僕の実家もこの辺」
「え?まじ?」
「うん。通ってた小学校があそこ」
暗くてあんまり見えなかったけど、僕は小学校がある方を指差した。
ええ⁉︎って七星くんが、驚いている。
「俺もあそこ。俺、四年のときに引っ越して来た」
四年、で。
そのワードに、引っかかった。
四年生。小学四年生は。
「そうなんだ?じゃあ中学も一緒だね」
七星くんとは違う方に引っ張られそうになる思考を、感情を、無理矢理ねじ曲げて、僕はそう言った。
「すげぇ偶然だなあ。じゃあどっかですれ違ったりしたことあるかも」
「そうだね。あるかもしれないね」
そこで一旦会話が途切れて、どうしようかと思った。
声が。
左側に座る七星くんの声が、やっぱり少し聞き取り辛い。
でも、豆太が僕の脚の上に乗っていて帰ろうにも立ち上がれないし、何より。
飢えてた、のかな。
会うのは仕事絡みの人だけ。
話すのは仕事絡みのことだけ。
何でもない会話が、心地よかった。
そしてそれより何より、豆太が。
「………かわいい」
「最高だろ、豆太」
「癒される」
「俺もそうでさ、今まで全然実家に寄り付かなかったのに、豆太が来てからすげぇ行ってる」
「うん。分かるかも。キミ本当にかわいいねぇ」
小さな身体をよしよしって撫でた。
隣から七星くんの手も伸びてきて、一緒に撫でる。
僕は日本人の平均身長あるはずなのに、体格も、ごく平均のはずなのに、豆太に乗る七星くんの手は僕より明らかに大きかった。
里見も、そうだったっけ。
バスケットボールが片手で持てるって。身体を重ねて、手を合わせて、そんなことを。
「……………の?」
「え?」
左からの不意打ちは、聞き取れないことが多い。
七星くんの声に我にかえったけど、その言葉はまったく聞き取れなかった。
大して変わらないのに、僕は右耳に髪の毛をかけて、七星くんに少しだけ、身体の右側を向けた。
「真澄さんの仕事。何してるの?」
「ああ、仕事ね。ごめん」
「いつも家に居るから、さ。サラリーマンじゃないだろ?」
「うん。サラリーマンではないね」
「見た感じ、夜の仕事ってんでもなさそう」
「そう?」
「うん。勘だけど、違うと思う」
「じゃあ、何だと思う?」
「まさかのクイズかよ」
「まさかのクイズにしよ」
えー?って言いながら、七星くんが改めてまじまじと僕を見る。
単純に、楽しかった。
何でもない、ごくごく普通の会話が。
「んーーーーー。じゃあ、大金持ちの愛人‼︎」
「え⁉︎ちょっと待って、何それ⁉︎」
「え、違う?」
「違うに決まってるじゃん‼︎何愛人って⁉︎」
変なこと言わないでよって、僕は笑った。
七星くんも、笑ってる。違ったかーって。
「どうしたらそんな発想になるんだろう」
「どうしたらって、真澄さんキレイだから」
キレイ。
僕の何を見て七星くんが言ったのか。
里見もよく、言ってた。言ってくれてた。
「男にキレイっておかしいよ」
「でもキレイだよ。ずっとそう思ってた」
うん。
分かって、た。
七星くんが僕に対してそう思ってたことが分かっていたんじゃなくて。
七星くんが。
………七星くんは。
空気で分かる。
七星くんは、僕や里見と同じ、マイノリティの。
「僕はね、絵を描いてる」
「絵?」
「今は絵本がメインだけどね」
「絵本⁉︎」
「うん。絵本」
「うっそ、まじで⁉︎」
「まじだよ」
「すごくね⁉︎え、ちょっと待って、検索検索‼︎」
くるくると変わる表情がかわいい。
若いからかな。
ちょっと犬みたいだなって、思った。
ズボンのポケットからスマホを取り出して調べ始めた七星くんに、やっぱり僕は、笑った。
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