第13話

 別れは、突然だった。

 

 

 

 

 

 中3が目前の3学期の日曜日。

 

 

 いつものように里見の家に行って、昨日の月と星の記録を完成させて、テスト近いから苦手なところを教え合って、里見が誕生日に買ってもらった天球儀をふたりで眺めて、そして。それから。

 

 

 泊まった日からずっとそうしているように、僕たちは部屋でキスをしていた。里見のベッドで。

 

 

 

 

 

 それ以上はしていない。

 

 

 キスだけ。唇を合わせるキスだけ。

 

 

 でも、ベッドで。

 

 

 

 

 

 僕が下で里見が上。重なって。里見の重みを感じて。

 

 

 夏目って、何度も里見が僕を呼ぶ。うんって僕が何度も答える。

 

 

 

 

 

 気持ち。

 

 

 名前を付けられない気持ち。

 

 

 名前を付けるのがこわい、気持ち。

 

 

 それを呼ぶことで、返事をすることで、僕たちは隠していた。分からないふりをした。していた。

 

 

 

 

 

 そのとき。

 

 

 そうしているとき、に。

 

 

 

 

 

 入って来たんだ。

 

 

 里見のお母さんが。部屋に。

 

 

 

 

 

 悲鳴が、あがった。僕たちしか居ないはずの部屋に、響いた。

 

 

 それから、の。

 

 

 

 

 

 何してるの。

 

 

 おかしいおかしいってずっと思ってて、でもまさかって。

 

 

 あなたたち一体何をしているの。何をしているか分かってるの。いつからそんな。

 

 

 

 

 

 悲鳴と続く大きな声に、すぐに単身赴任先から帰って来ていた里見のお父さんが来た。

 

 

 すぐにうちに連絡がいった。

 

 

 すぐに僕の両親が里見の家に来た。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 小四から続いていた僕たちの夜空観察は、そこで終わった。

 

 

 中途半端に………終わった。

 

 

 

 

 

 それから、学校で里見と会うことはできたけど、それ以外はできなくなった。

 

 

 

 

 

 里見のお母さんが、毎日車で里見を迎えに来るようになったから、一緒に帰ることもできなくなった。

 

 

 僕は土日にひとりで外に出ることを禁じられた。

 

 

 だから本当に、学校でしか会えなくなった。

 

 

 

 

 

 続くように、里見の転校も決まった。

 

 

 引っ越すって。里見のお父さんの赴任先に。

 

 

 高校受験があるからと、里見はこっちに残ったのに。その高校受験は、残る理由にすることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「星は見ろよ」

「………」

「絵も描けよ」

「………」

「俺も見る。毎日見る。くもりでも雨でも、毎日空を見上げる。絶対見上げる」

「………」

「夏目の絵。俺好き。いつかどこかで、また見たい」

 

 

 

 

 

 3学期の終業式。

 

 

 誰も居なくなった教室。

 

 

 里見は言って、僕は泣いた。

 

 

 

 

 

「夏目」

 

 

 

 

 

 呼ばれて渡されたのは、小さな小さな天球儀だった。

 

 

 てのひらにおさまるぐらいの、本当に小さな。

 

 

 

 

 

「俺のもある」

 

 

 

 

 

 里見はもうひとつも僕に見せてくれた。

 

 

 

 

 

「天球儀見て宇宙を考えたら、俺らって小さいなって思える。今日がちっぽけな1日にすぎないって、思えるよ」

 

 

 

 

 

 僕は首を振った。

 

 

 渡された小さな天球儀を握って、横に振った。

 

 

 

 

 

 違う。ちっぽけじゃない。

 

 

 ちっぽけなんかじゃない。

 

 

 里見は。里見という存在は。僕にとって。

 

 

 

 

 

「夏目」

 

 

 

 

 

 呼ばれた。

 

 

 

 

 

 僕を呼ぶその声に、特別な気持ちがこもっていることは、分かっていた。

 

 

 うんって返事をする僕の声に同じ特別をこめていたことを、里見はきっと、分かっている。

 

 

 

 

 

 誰も居なくなった教室。

 

 

 中2最後の教室。

 

 

 

 

 

 僕は里見に抱き締められて。

 

 

 僕は里見と、キスをした。

 

 

 

 

 

 そして、僕の毎日から里見が。

 

 

 

 

 里見が………消えた。

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