第12話

 どきんってなった。

 

 

 それからそれは止まらなかった。

 

 

 

 

 

 どうなるんだろう。

 

 

 どうするんだろう。

 

 

 

 

 

 何の反応もできずにいたら、里見はごめんって、僕から手を離した。

 

 

 

 

 

 その腕を咄嗟に。



 咄嗟に、掴んだ。

 

 

 離れた腕を、離れていこうとする腕を、本当に、咄嗟に。

 

 

 

 

 

 電気が消えた暗い部屋の、黒い影の、里見。

 

 

 10センチぐらい僕より高いその影を、僕は見上げた。

 

 

 

 

 

 どきどきして。どきどきしすぎて、苦しかった。

 

 

 

 

 

「………夏目」

 

 

 

 

 

 呼ばれる。

 

 

 

 

 

 名前では絶対呼ばない、呼び合わない、僕たち。

 

 

 ずっと一緒に居るのに。毎日一緒に居るのに。

 

 

 毎日、キスだってするぐらいなのに。

 

 

 

 

 

 なのに僕たちは、夏目で、里見。

 

 

 

 

 

 お互いの名前が女の子みたいだから、名前で呼ぶのはやめようって。

 

 

 いつかした約束を、僕たちは今も、守っている。

 

 

 

 

 

「………うん」

 

 

 

 

 

 里見が僕の背中に触れて、僕はまた、里見に抱き締められた。

 

 

 僕も里見の背中に触れた。

 

 

 

 

 

 ああって、思った。

 

 

 

 

 

 他に何て言っていいのか分からない。

 

 

 ああ、里見だ。

 

 

 これが里見の体温。におい。呼吸。

 

 




 里見だ。里見。

 

 

 

 

 

 ぎゅうって、里見の腕に力が入る。

 

 

 

 

 

 僕は里見の肩に頭を乗せた。全身に入っていた力を抜いて、身体を里見に預けた。

 

 

 

 

 

 どきどきは止まらないのに、どうなるんだろう、どうするんだろうって思うのに。

 

 

 そう思うのは頭で。

 

 

 心は。僕の。

 

 

 

 

 

 里見。

 

 

 

 

 

 肩に乗せた頭を上げた。

 

 

 里見を見上げた。

 

 

 暗い部屋の、黒い影の、里見。

 

 

 

 

 

 しばらくそのままで。



 しばらくして。






 近づく顔。

 

 

 近づいてくる、唇。

 

 

 

 

 

 僕は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 里見なら。

 

 

 里見となら。

 

 

 いいんだ。されても。しても。






 キス。

 

 

 

 

 

 いつもなら触れてすぐに離れる唇が。その日。初めて。

 

 

 初めてしっかりと、重なった。

 

 

 

 

 

 それでも僕たちは、何も言わなかった。

 

 

 お互いへの気持ちを。何故そうして、何故受け入れるのかを。

 

 

 

 

 

 分からなかった。幼すぎて。

 

 

 分かりたくなかった。こわくて。

 

 

 

 

 

 唇は、一回だけじゃなくて何度も重なった。合わせられた。

 

 

 背中にあった里見の手が、いつの間にか僕のほっぺたと後頭部にあって、離れないでって言うみたいに何回も、何回も何回も何回も。

 

 

 

 

 

「………夏目。夏目」

 

 

 

 

 

 苦しそうに僕を呼ぶ里見の声が、苦しかった。

 

 

 

 

 

 うん。

 

 

 うん。里見。

 

 

 居るよ。ここに。

 

 

 僕はここに居て。里見の側に居て。多分これからも。

 

 

 中3でクラスが離れても、高校が別になっても、それでも。

 

 

 

 

 

 居るよ。

 

 

 

 

 

 里見と。

 

 

 

 

 

 里見とキスをしながら、絶対そうだよって、僕は思った。

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