第9話

 その日の帰り道、里見はまだ怒っているのか、ずっと黙っていた。

 

 

 

 

 

 こういうとき、別に機嫌を取ろうとか、何とかしようと話しかけることはしない。

 

 

 

 

 

 黙って歩く。

 

 

 黙って考えた。

 

 

 

 

 

 別の高校に行ったら、さすがにもう終わるんだろうな。

 

 

 小学四年生の宿題から始まった、僕たちの夜空観察は。

 

 

 

 

 

 空を見上げた。

 

 

 

 

 

 寂しいなって、思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美浜公園に着いて鞄を置いて、ブランコに座って日没を待った。

 

 

 

 

 

 ブランコに乗ると、向こうの方に見える海。

 

 

 波の音。

 

 

 

 

 

 ふたりで。里見と僕で、見上げる空。

 

 

 思いを馳せる宇宙そら

 

 

 

 

 

 不思議だった。見るたびに、見上げるたびに、いつも。

 

 

 僕はこんなに小さいのに、海は果てしなく、空はもっと果てしない。

 

 

 

 

 

 その果てのない空を、僕は里見と見上げて、書いて、描いて。かき続けてきた。

 

 

 

 

 

 僕は里見の何だろう。

 

 

 里見は僕の何だろう。

 

 

 

 

 

 キスのたびに浮かぶ疑問は、この大きな景色を前にしたら小さすぎるほどに小さくて。

 

 

 

 

 

 里見が僕にキスをする。

 

 

 僕がそのキスを受け入れる。

 

 

 それでいい僕たちが居る。

 

 

 

 

 

 ブランコから立ち上がった里見が、僕の前に立った。

 

 

 見上げた僕の唇に。

 

 

 

 

 

 里見の唇が、乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも週末に単身赴任先から帰ってきていた里見のお父さんが、たまにはこっちに来いって言っているってことで、今回はお母さんがお父さんの方に行くことになった。

 

 

 里見は、行かないって。土曜日は、部活があるから。

 

 

 一回ぐらい休んでもいいじゃないって言うお父さんお母さんの説得を、里見は最後まで受け入れることはなかった。

 

 

 何とか行かないことで同意したらしい里見が、今度は僕に言った。

 

 

 

 

 

「父さんも母さんも居ないから、うち泊まりに来いよ」

 

 

 

 

 

 泊まりに。

 

 

 

 

 

 里見がそれをどういうつもりで言っているのか、僕には分からなかった。

 

 

 

 

 

「里見のお母さんいいって?」

「うん」

「多分電話行くよ?うちから里見のお母さんに」

「大丈夫」

 

 

 

 

 

 いつもと同じ。

 

 

 変わらない表情。声。

 

 

 

 

 

 特別な意味なんて、ないのか。

 

 

 

 

 

 僕が考えすぎ?

 

 

 そうだよね。

 

 

 男同士、友だち同士で泊まるだけ。

 

 

 そこに特別な意味なんて。

 

 

 

 

 

 じゃあ、キスは。

 

 

 キス、にも………?

 

 

 

 

 

「母さんに聞いてみる」

「うん」

 

 

 

 

 

 そして僕は、里見しか居ない里見のうちに、泊まることになった。

 

 

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