第8話
僕たちはキスをした。
その日から、毎日。夜空観察をした帰り際の公園で。
それ以外は何も。
それ以外は変わらず。
じゃあねって言葉を合図にするように。
それまでは友だちなのに、帰る、その瞬間は。一瞬は。
何も。
里見は何も言わなかった。
どうして僕にキスをするのか。
僕も何も言わなかった。聞かなかった。
どうしてそのキスを受け入れているのか。
どうして僕にキスをするのか。
ただ、してた。
触れるだけの、キスを。
そして僕たちは2年生になって、僕たちはまた、同じクラスになった。
「うちさ」
「ん?」
「転勤族なんだ。父親」
放課後。
部活に行く前。
帰りの挨拶のあと、一緒に教室を出た里見が、僕の右側でそう言った。
廊下は他のクラスの生徒たちも居て、賑やかだった。
だから少し、僕の耳に口を近づけるように。
どきんって。
不意に近づいた里見の、毎日キスをしている唇になったのか。
転勤族なんだって、急に出た言葉になったのか。
「………うん」
「また転勤だって」
「え?」
「ずっと親ふたりで話してて」
転勤。
どきんって。
今度は確実にその言葉になった。
思わず里見を見た。
見上げた。
四年生の2学期に、里見は来た。転入してきた。
里見。今度は………ここを?………ここから?
里見は、多分情けない顔で里見を見上げる僕を見下ろして笑った。
いつもと同じように。
「単身赴任するってことになった」
「………じゃあ」
「大丈夫。転校はしない。俺、こっちの高校受けるよ」
びびった?って一言に、無意識のうちに力が入ってた身体の、その力が抜けた。
笑ってる里見に、バカってその腕にパンチをした。良かったって気持ちで。それを込めて。
良かった、けど。
僕らはもう二年生で、6時間目がそうだったように、少しずつ受験の話が出てきていた。
「もう決めた?高校」
「うん。バスケの強いとこ2校の、どっちに行くかで悩んでる」
「………そっか。里見バスケ上手だもんね」
「できれば推薦」
「うん」
「夏目は?」
聞かれて。
黙る。俯く。
聞いて、聞かれて即答できるほど好きなことも、得意なことも、できることも、僕には何もなかった。
絵だって別に特別上手いわけじゃないし。
「僕は………まだ分かんない。決めてない」
「同じとこ行こう。来いよ。お前も」
「え?」
同じとこ。
同じ、学校。高校。
また僕は、その一言にどきんってした。
それはつまり、あと1年ちょっとの中学生活だけじゃないっていう、里見の気持ち。
中学を卒業した後の、とりあえず3年、の確約。
一緒に居たいっていう。一緒に居られるっていう。居てもいいって、いう。
その『一緒に』は、どういう意味の一緒に、なのか。
でも、里見が狙っているバスケの強豪校は、私立。
「うちは多分、公立行けって言うと思うよ」
「………」
はっきり言われたわけではなくても、何となく分かる。
だから漠然と、公立ってことだけは思っていた。
黙る里見。
「怒った?」
「………別に」
「怒ってるじゃん」
「怒ってない」
明らかに尖る口に、僕は笑った。
行きたい。
本当は、里見。行きたいよ。一緒に。
そう思う僕の気持ちは。
里見。
これは何て名前の気持ちなんだろう。
お前は、知ってる?お前は、どう?同じ?
じゃあまた後でって。
階段の踊り場。
まだ怒ってる里見に、僕は手を振った。
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