第7話

 その後、何となく恥ずかしくて、気まずくて。

 

 

 僕たちは黙ったままだった。

 

 

 

 

 

 18時をまわってやっと暗くなり始めて、そのまま、黙ったまま美浜公園に向かった。

 

 

 

 

 

 波の音が少しずつ遠くなり、セミの鳴き声が大きくなる。

 

 

 

 

 

 少し前を歩く里見の、黒いTシャツから覗く白い腕に、手に、やけに目がいった。

 

 

 

 

 

 いつか、あと何年かしたら、その腕に、手に、腕を、手を絡める女の子が現れる。

 

 

 その時僕はどうしている?

 

 

 僕にもそんな相手ができるんだろうか。

 

 

 その子に僕は、打ち明けるんだろうか。左耳が聞こえないことを。

 

 

 そしたら、何も言わず聞こえる右側に立ってくれた里見のように、その子も僕の右側に立ってくれるんだろうか。

 

 

 僕はその子の声を、言葉を、聞き逃さないでいられるんだろうか。

 

 

 

 

 

 里見は。

 

 

 里見は、ちょうどいいんだ。

 

 

 僕よりも背が高い里見の口が、ちょうど僕の耳あたりにあって、そこで話してくれるから。

 

 

 だから、少しぐらい騒がしいところでも、ちゃんと聞こえる。

 

 

 里見と居ると、片耳しか聞こえない自分を忘れていられる。

 

 

 

 

 

 手を伸ばして、その腕に触れてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 心臓が少し、いつもよりどきどきしていた。

 

 

 

 

 

 公園に着いて、僕は鞄からいつもの記録紙とペンケースを取り出した。

 

 

 バインダークリップボードに紙を挟んで、いつものように空を見上げた。

 

 

 

 

 

 いつもと同じ目印を描いて、月と見える星を描く。

 

 

 もう何年もやっているから、すぐ。あっという間。ものの数分。

 

 

 記録だけして、あとは明日、また里見の家で色やイラスト、言葉を付け足す。僕たちふたりの日記がわりにも、なっていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ」

 

 

 

 

 

 シャープペンをしまい、ペンケースとバインダークリップボードもしまい、鞄を持って僕は言った。

 

 

 また明日。

 

 

 雨予報ではなかったはずだから。またいつもの時間に。

 

 

 

 

 

「………夏目」

「ん?」

 

 

 

 

 

 行こうとした僕を、里見が呼んだ。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 あ。

 

 

 

 

 

 近づく里見。

 

 

 里見が僕の、鞄を持ってない方の腕を、そっと掴んで。

 

 

 

 

 

 熱い手。

 

 

 汗ばんだ。

 

 

 

 

 

 どきん。

 

 

 

 

 

 動けなかった。

 

 

 一歩も。

 

 

 避ける、なんて。できなかった。

 

 

 

 

 

 触れたのは、唇。

 

 

 僕の唇に、里見の。

 

 

 

 

 

 柔らかい。

 

 

 

 

 

 びっくりして、鞄が落ちた。

 

 

 びっくりして、息が止まって。

 

 

 びっくりして、目を見張った。

 

 

 

 

 

 でも。

 

 

 

 

 

 僕はそっと目を閉じて。

 

 

 触れてしまいそうと思った里見の腕に、そっとそっと。

 

 

 

 

 

 ………触れた。

 

 

 

 

 

 初めてキスをした、中学1年の夏休みだった。

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