第6話
中学に入って、里見はバスケ部に、僕は美術部に入った。
転入前にやっていたって、聞いたことがある。こっちでも本当はやりたかったって。
僕には里見みたいに特にこれっていうのはなかったけど、なんとなく帰宅部はイヤで美術部を覗いて、そのまま他の部活を見ることなく僕は美術部に入った。
それは完全に里見のせいだった。
小さい頃からずっと、絵を描くなんて学校の授業とか、授業中の退屈しのぎの落書き程度でしかやったことがなかったのに。
里見と自主的にやっていた夜空観察で描いた絵を、里見がバカみたいに大袈裟に褒めるから。
だから、楽しくなって。描くのが。
ずっと本を読むことしかなかった僕が、五年生、六年生では、描いてた。ずっと。絵を。
だから美術部を覗いて、やってみたい、って。
お互いに部活が始まったけど、2つの小学校が集まっての中学校だから、クラスが増えて同じクラスにはなれなかったけど、それでもまだ僕たちは続けていた。
誰にも見せることのない、夜空観察を。
だいたいいつも僕の方が部活が早く終わって、でも帰らず里見を待って、一緒に帰る。
そのまま帰り道の少し先にある美浜公園まで行って日が沈むのを待って、お金を半分ずつ出して買っている紙に記録する。
そんな風に、続けていた。
今思えば、夜空観察は口実だったのかもしれない。里見と会うための。
なんて。
それは今だからそう言えるだけで、言っているだけで、当時は。何も。
ただ、僕にとって里見は、僕の耳のことを知るただひとりの友だちで。
里見にとって僕は。
里見にとっての僕。
それを僕は知らない。
どうして里見がずっと僕と一緒に居たのか。
中学に入ってから、僕は相変わらずひとりを好んで教室で本を読んでいたけど、里見にはクラスにちゃんと友だちが居た。
同じ部活の子たちとも仲良くしているように見えた。
僕が好んでひとりで居るはずなのに、里見のそれを寂しく眺めることもあった。
でも里見は、見ている僕に気づくと必ず僕の方に来てくれていたし、休み時間にわざわざ来てくれることもあった。嘘か本当か。教科書忘れたから貸してって。
一生付き合っていける友だちって、里見みたいなやつを言うのかもしれない。
そう思っていた、中学の春だった。
それが変わったのは、夏休み。
僕は里見と、毎日15時ぐらいから一緒に宿題をやっていた。
里見の家は共働きで、里見はひとりっ子。誰も居ないからっていう理由で。
僕の家にもたまに来ていたけど、うちは母さんも弟も居てうるさいから、基本里見の家。
行ってまず一緒に前日の夜空観察の記録を仕上げる。それから宿題。
分からないところは教えあった。一緒に考えた。
時々しゃべってるだけで何もしなかったり、里見が部活で疲れて寝ちゃったのを見てたり、美浜公園のすぐ先にある海に散歩に行ったり。
毎日飽きもせず僕たちは会っていた。
8月の終わり。少し涼しい夕方。
数学の問題がどうしても解けなくて、もうやめようって、散歩に出た。
そのまま今日の空を記録して帰ろうって。海に。砂浜に。
美浜公園なんて名前の通り、その砂浜はキレイなことで有名だった。
だから僕たちみたいに散歩をしてる人が他にもいる。結構居る。
子どもを連れたお母さんとかも。
今日も居るんだろうって行った砂浜に、珍しくあまり人は居なかった。
波の音。
水平線に沈んでいく夕陽。
砂浜に座って、僕たちはそれをそれぞれに見ていた。
そこに、波打ち際を手を繋いで歩くカップルが来た。
「夏目って、彼女居るの?」
「え?何、急に」
「別に。ちょうどいい話題がそこに来たから」
「ちょうどいいって」
僕の、聞こえる方の右側で、里見がいつものようにぼそぼそ言った。
「居たらこんなに毎日里見と会ってないと思う」
「じゃあ、夏目がうちに来なくなったら、彼女ができたってことか」
「そうだね。僕が行かなくなったら察して」
「察するわ」
そうやって笑ったけど、そんなのは実際に、そんな相手ができてみないと分からないし、そもそも僕にそんな相手ができるのかも分からない。想像もできない。
それに、その前に。
僕じゃなくて。僕よりも。
中学一年生。
離れたクラス。
離れて改めて気づいた。知った。
里見はかっこいい。里見はモテる。
元々日に焼けにくいらしくて色白。かと言って弱々しく見えることはない。
目は二重で鼻も高い。上唇に比べて厚めの下唇が気になると言えば気になるのかも。
美味しそうだよねっていつだったか言ったらそれは言うなって凹まれた。
また背もどんどん伸びてきている。高い。目立つ。
僕だってそれなりに伸びているはずなのに、その差は縮まらない。離れていく一方。
プラスで、バスケ。
夏休みに入る前。部活で、描くものを探しに美術室を出た。
出たんだからちょっとぐらいいいかと体育館の方に行った。里見がどんななのか、見たかった。
真面目に練習をしていた里見は、どの新入部員よりも、うまかった。
だから、そういう相手ができるのは、僕じゃなくて。
「先にできるの、里見でしょ」
何となく、そう言いながら目で追ったカップル。
僕につられたのか、里見も。
いつか僕にも里見にもあんな風に手を繋いで歩く相手ができるんだろうか。
「………っ」
「………っ」
それは、一瞬。
里見と一緒に、言葉を失った。
僕はとっさに手の甲で口を押さえた。声が出そうで。びっくりして。
カップルは。
波打ち際で。
夕陽をバックに。
………キスを、した。
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