第8章第035話 鉄砲と魔獣対策
第8章第035話 鉄砲と魔獣対策
・Side:ツキシマ・レイコ
「あのレイコ殿…てきればその筒はこ返却願いたいのてすか…」
セレブロさん狙撃に失敗して銃身を握りつぶされた火縄銃。まだ私が持ってました。ラクーン達は火筒と呼んでましたね。 ネールソビン島の租借地長官でもあるカララクルさんが、返還を求めています。
他に居る"人"には、単なる鉄の筒扱いしたいようですが。
『返すのは良いですけど。どうしてロトリーがこの武器を持っているのか教えて貰えますか?』
『いや…しかし…』
『火薬の原料は、硝石と炭と、火山近くで採れる硫黄ですよね。弾は鉛ですか』
『…レイコ殿には隠し通せないようですね』
私が火薬の原料を知っていることにカララクルさんは驚いていました。…私も、該当する単語がラクーンの言葉にあることにちょっとビックリです。意識するまで頭に浮かびませんでしたから。
カララクルさんに求めたのは、製造技術ではなく火縄銃を開発した経緯です。西の大陸では、まだ発明されていませんからね。
ラクーン達が住んでいる南の大陸では、硝石が露天で取れるところがあるそうで。あとは粉にした炭と、火山から取れる硫黄があれば黒色火薬が出来ます。
鉄に関しては、彼らも初歩的な製鉄技術を持っていたそうで。ラクーンがハーティー相手に全滅しなかったのも、鉄製の剣や防具などのおかげのようです。あとは技術の習熟と友に、火縄銃を作り出したと。
奪い取った銃を軽く観察しますが。尾栓はネジでは無く、筒に貫通する形で鉄棒を差し込んでいるようです。
南の大陸とは言っても、さほど大きな陸地ではないようで。南北に連なる山脈が背骨のように繋がった陸地だそうです。縦になった陸続きのインドネシアみたいなところかな?
ロトリーの首都は赤道の向こう側の近いところだそうで。そこからさらに南の乾燥した高地が硝石の産地だそうです。…その毛皮では暑そうな所ですね。
ネイルコードの人たちが北の大陸の全貌を知らないように、ラクーン達も、ハーティーの住む南の領域がどのようなっているかはほとんど知らないようですが。ハーティー達は確かにそちらから来るのだそうです。
セレブロさんに似ているということは、ハーティーというのは狼系の魔獣の類いでしょうか? それともセレブロさんの近縁?
南方面に対しては、ユルガルムと同じように防衛に徹し。版図を北へ広げつつ見つけたのが東の帝国跡だそうです。鉄砲の発明によってハーティーを退けることが可能になり、かなり南進も進んでいるそうで。ハーティの脅威は一般のラクーンには遠い地の話となりました。実際、東の大陸に住むラクーンはハーティを見たことがない者がほとんどだそうです。
ただそれでも、ハーティの怖さだけは教育され続けているそうです。…まぁセレブロさんのような大きさの明らかに肉食獣が現れれば、そりゃ恐いでしょう。「悪いことをするとハーティーが食べに来るぞ」は、子供を躾けるための常套句だそうで。
以上がカララクルさんから聞いたお話です。
桟橋で鉄砲で撃ってきた兵士は、私たちへの牽制を命令されたということではありますが。結果的に人に火筒を見せてしまったということで、独房入りだそうです。
発砲した動機は理解しましたが。それでもセレブロさんを狙って撃ったのです。セレブロさんの毛皮なら即致命傷とはならないでしょうが。それでも目とかに当たったり、逸れてマーリアちゃんとか周囲の人にでも当たっていたらと思うとぞっとします。まぁ、ひどい罰は免じてくれとは頼みましたが、ここは甘んじて収監くらいは受けてもらいましょう。
この島の火縄銃は、"人"に対する抑止力としての兵器ではなく、ほんとセイホウ王国と衝突したときの制圧手段として秘匿していたんですね。
昔にあった人とラクーンの衝突は、彼らにとって警鐘に値する事件だったことは想像に難くはありません。
最終的に"人"の大陸に攻め込みたいのか。単に"人"を警戒してのことなのか。ここのラクーン達だけでは、ちょっと判断付かないですが。…この辺は確かめておきたいですね。
カララクルさんに、火筒を返します。
「…よろしいのてすか?レイコ殿」
返してくれと言った後で、返してもらって疑問に思うのはどうかと思いますが。素直に返されたことに驚くカララクルさん。
「先ほども言いましたけど。私はこの武器を知っています。ネイルコードの技術なら、これを作るのは簡単でしょうね」
「…そうてすか… 」
私の発言にネタリア外相もビックリしていますが。蒸気機関が作れるんですから、火縄銃くらい楽勝ですよ。
カステラード殿下がここに居たら一騒ぎしそうです。
「あなたも分っているでしょうけど。その武器は、剣や鎧、剣士としての技量の差を全て無くしてしまいます。また、弱兵どころか女子供ですら戦場に立たせることが出来てしまいます。殺す方も殺される方も際限がなくなります。だから私は、知っていても西の大陸でそれを広める事を避けていました」
カララクルさん。その表情は、人だったら眉をひそめているんでしょうか。アライさんは、あまりそういう表情しなかったですから。
「危険な武器なんて物はなく、それを使う危険な人がいるだけだなんてお父さんが言ってましたけど。その武器は普通の人を危険な人にします。わかりますか?」
「はい… やはり、これで優位になるのは一時的のようてすね」
こうなった以上、火筒による軍事的ラクーンの優位性は長くは続かないでしょう。鉄を高炉で増産しているネイルコードです。火縄銃だげなら、それこそ大量に作れます。硝石どうするかは問題ですが、正教国のずっと西で取れることは分っています。マナで代用する方法なんてのも見つかるかも知れません。
火筒を"人"が作れる、その事実をもって、"人"とラクーンとの闘争回避になってくれれば良いのですが。…ラクーンにも結構血の気の多い者が多いようです。
「にしても。コクウェンさんでしたっけ。どうしてあそこまで憤っていたのでしょぅ? 普通にアライさんを見れば、丁重に扱われていると分ると思うのですが…」
アライさんは、痩せて…るかどうかは毛皮で分かり辛いですが、毛並みはつやがありますし。ここのラクーンとは意匠が違いますが、ラクーンに合わせた服も着ています。どうみても奴隷には見えないと思います。
「協定によって互いに保護した人やロトリーについては、詳細な経緯も互いに報告することになっているのてす。保護に問題は無かったか、他に保護した者をこまかしていないか、あとから確認するためにも。ところか、その報告書を読んたコクウェン達かてすね…」
カララクルさんが、持っていた書類留めから何枚かが綴じられた板紙の書類を見せてくれます。
セイホウ王国の言葉で書かれた五枚ほどの報告書。最後にはノゲラスさんの署名入り、セイホウ王国の公式文書ですね。
「もともと彼らは、"人"には良い感情を持っていなかったのです。遭難して亡くなったロトリーとはいえ、剥製になって帰ってきたこともありますし…それはさほと昔の話ては無いのです。キュルックル以外の者達が全員行方不明ということも、彼らは信していません」
ラクーンの剥製…カラサームさんがそんなこと言っていましたね。
…逆にもし、人が剥製になって帰ってきたら。悪意はないとしても、そりゃ険悪になるでしょう。
「正教国で見かけたロトリーは、アライ…キュルックルさんだけでした」
「私も正教国にて情報は集めるようにしていますが。キュルックル殿の情報が入ったときには、すでにレイコ殿とネイルコードに渡った後でしたからな」
カラサームさんら派遣大使は、ラクーンの情報収集は定常的にしていますし。他にラクーン達が保護、または捕獲されていないかは、正教国のリシャーフさんに頼んで各国大使を介して捜索はしてもらっていまいますが。この三年間で新たに発見されたラクーンは居ませんが。
少なくとも。アライさんはネイルコードでは普通に生活出来ていたことは周知して欲しいところです。
カララクルさんには承知して貰えたようなので。他のラクーン達への話はカララクルさんに任せましょう。
「ところて。レイコ殿」
「はい?なんでしょう?」
「…あの…そちらのハーティーは、ほんとうに大丈夫なのてしょうか?」
カララクルさんは、セレブロさんが恐いようです。
「セレブロさんなら大丈夫ですよ。私たちの家族ですから」
「…私も小さいころから、ハーティーの恐ろしさについてはよく言い聞かせられていましたから…」
…他のラクーンの兵士達も遠巻きに見ていますね。カララクルさんの後ろに数人の護衛が付いていますが。こちらも視線でセレブロさんを警戒しているのがわかります。
『セレブロさんは大丈夫ですよっ』
アライさんがラクーンの言葉で、周囲に聞こえるように言います。
これでどうだとばかり、座っているセレブロさんをアライさんが抱きつきます。目を細めてされるがままのセレブロさん。セレブロさんの上にはレッドさんが乗っています。さりげなく高いところから周辺警戒してくれています。
『三年間ずっと一緒に暮らしてきましたけと。恐いことはなにもなかったですよ。おばさまも触ってみますか?』
名指しされたカララクルさんが勇気を出してセレブロさんの前に立ちます。まぁ長官として、現状の空気を和らげるには率先して動かざるを得ないのでしょうが。
マーリアちゃんが指示を出したのか、セレブロさんが空気を読んだのか。頭をそっと差し出してきます。その鼻筋を優しく撫でるカララクルさん、表情はわかりにくいですが、ビクビクしているのは分ります。その光景を周囲のラクーン達が驚いて見ています。
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