第8章第033話 ネールソビン島到着

第8章第033話 ネールソビン島到着


・Side:ツキシマ・レイコ


 島を避けながら半日ほど東へ進み。漁場からも離れた島ががネールソビン島となります。


 「あそこがネールソビンです」


 水先案内人の人が指を指します。ここからの距離だと、結構大きい街に見えますね。

 島の名前もネールソビン。最大の街の名前もネールソビン。まぁ県名と県庁所在地が同じ名前のようなもんですか。


 この船には、蒸気船の特徴として汽笛があります。もともと、缶の圧力が上がりすぎないように、または必要に応じて下げるための蒸気逃がしの管が着いていますが。そこから汽笛に蒸気を通して鳴らすわけです。

 帆を張っていない、今まで見たことが無いような船がいきなり現れては向こうも混乱するでしょうから。こちらの存在をアピールすめために、遠方にいるときから何回か鳴らします。

 セイホウ王国の船なら、直接専用の桟橋に着けても良いそうですが。今回はネイルコードの船ですからね、事前に知らせる段取りです。


 少し離れたところで待っていると、ネールソビン島の港から小型の帆船…ヨットくらいの船が出てきたのが見えます。

 乗っているのはラクーンですね。セイホウ王国に来て初めて、アライさん以外のラクーンです。

 ちょっとアライさんとは模様が違いますが、アライさんより少し大きい個体が乗っているようです。


 「キュカーキル、セイホウケルクゥっ! ネイルコードケルク、カルキュークル、カルケックっ!」


 寄ってきた船に水先案内人の人が声をかけます。


 ちょっと訛っていますが。『セイホウ王国の前触れ通り、ネイルコード国の船を連れてきた』と言ってます。


 「ロトリーの言葉、喋れるんですね」


 「発音が大分違いますので片言にはなりますが。簡単な意思疎通ならなんとか出来るようになりました」


 「ケラクルック、ネルビソンカッル。コラックルック、カヤック」


 乗っているラクーンが手を横で振って挨拶してきます。


 「ネールソビン島へようこそ、いつもの桟橋へ…だそうです」


 セイホウ王国側からの船が着く桟橋は決められているそうです。大型帆船だと苦労しそうな桟橋ですが。船員さん達も慣れたもので。機関の後進と帆もうまく使って、綺麗に桟橋に着けます。

 桟橋には、集まってきたラクーンたちが蒸気機関で動く船に興味津々ですね。『いつもよりでかいな』『なんか動きが変だぞ』と、いろいろ噂しています。


 投げた舫を、桟橋のラクーンたちが固定していきます。

 タラップを下ろして固定して、主立った面子で桟橋に降りた頃。近くの建物…倉庫と言うより待合所の用な雰囲気ですが、そこからラクーンの一団がやってきました。



 こちらに向かってくるラクーンの一団。

 先頭は、中年の男性という雰囲気でしょうか。アライさんより一回り大きく、顎から襟にかけて長い毛がおじいさんのヒゲのようですが、毛並みからしてそこまで年寄りというわけでは無いようです。服装の質からしてもお偉いさんに見えます。


 その一歩後ろを付いてくる二人。

 一人は標準的?なラクーンですが、雰囲気からして文官っぽいですね。

 もう一人は、他のラクーンより体がでかい…鍛えられた戦士という雰囲気と言っていいでしょうか。身体の要所を革鎧で武装しているラクーン。佩刀もしていますね。武官か護衛と行った感じです。

 さらに。棍を持った衛兵だろうラクーンが五人ほど付いてきています。


 「レイコ。私、もっとこう何というか、アライさんみたいなのがたくさんいるところを想像していたわ」

 

 「…私もよ」


 ちょっとびっくりしたのが、それぞれの体毛の模様です。正直、アライさんみたいなアライグマに近い模様ばかりだと思っていたのですが。地球の動物で言うのなら、アライグマの他にも、タヌキ、レッサーパンダ、アナグマ…あのでかい人は鼻面が白い以外は濃い茶色で、普通にツキノワグマに見えます。


 ラクーンの表情は、人には分りづらいところがありますが。アライさんから学んだ分を考えるに、あまり友好的という感じでは無いですね。



 ネールソビン島にも来た経験のあるカラサーム大使が前に出て挨拶しているのですが。どうも様子が変です。


 『奴隷にしていたロトリーをとっとと解放しろ』

 『用が済んだらとっとと帰れ』


 なんか苛立っていますね。

 アライさんがおびえて、私の側から離れようとしません。レッドさんにも付いていてもらいます。


 『まってください。私は奴隷になんかなっていません』


 アライさんが説得を試みますが。


 『人の国で捕らわれて、店先で繋がれていたという話は聞いているぞ。その後も、食堂で見世物になっていたともな』


 『そっ!…それはっ!』


 …うーん。筋書きだけなら間違っていませんね。正教国で店先に繋がれていたのは事実ですし。私が保護した後、ファルリード亭で働いていたときは、見世物にしていたつもりはありませんが、ファルリード亭でアライさん目当てで来る客がいるくらいに人気があったのも事実。


 『まぁ、遭難した同胞を生かして返したことだけでは褒めてやる。さっさとここから去れ!』


 「完全に間違った情報ってわけでも無いけど、なんか心象最悪って感じですね。アライさん、どうします?」


 「このままレイコさんたちか、誤解されたままてはいけません。なんとかはなしをきいてもらいたいのてすか…」


 『なにをごちゃごちゃ言ってやがる! そこのロトリー、さっさととこちらに来い! それとも人に懐柔されたか?』


 ごついラクーンが前に出てきて、アライさんをむりやり引っ張っていこうとしたので、その腕を掴んで止めます。


 『犯罪者の引き渡しでもあるまいし。乱暴にしないでください』


 私がラクーンの言葉を喋るのに驚いていたようですが。


 『小娘が邪魔するなっ!』


 殴る…というより払いのけるつもりだったのでしょうが。ヒグマサイズの体格を考えると十分暴力です。とはいえ素手ですからね。殺すつもりは無いと判断します。

 払った腕をそのまま引っ張り。おっとっとと崩れた重心をさらに崩し。踏ん張ろうとした脚を払って。ほいっとおへそのあたりを片足で持ち上げて、そのままポイっと海に投げ込みました。一応怪我はさせないようにね。


 『なにしやがる!このガキっ!』


 ラクーンたちがカッとしますが。

 そのとき、レッドさんが警告を出します。私がちょっと離れた建物の窓に黒い丸を見つけたその瞬間、そこから火花が噴きました。


 撃たれた。瞬時に理解します。


 集中し、銃身から飛び出てきた物を認識します。

 弾が飛んでいく先は私ではありません。狙われたのはセレブロさんですね。見た目、今の私たちで一番の脅威はセレブロさんですから。

 幸い、弾道は私のすぐ側です。左手を伸ばして弾をキャッチするように。


 バチンっ!


 手のひらに弾が当たります。これくらい痛くはないですよ。

 証拠は確保。音にびっくりしているラクーンたちを無視して、すぐさま射手のいる窓にむけて走り出します。


 レッドさんはアライさんのところにいますが。駆け出す瞬間に周囲の状況を教えてくれました。

 鉄砲らしき鉄製の長物の反応はいくつかありますが、撃てる状態にあるものは無し。先ほど発射した銃は、射手が立てて弾を積めようとしているところです。前装式…まんま火縄銃ですね

 射手もラクーンですが。弾の再装填に夢中で、私が接近していることに気がつきません。

 そのまま開いている窓から飛び込んで。すぐさま銃身を握ります。これは軟鉄製ですね、結構簡単に潰せました。これでこの銃はもう使い物には成りません。


 『これの火筒がっ!』


 発射時の見た目そのままの名前が付いていますね。

 激高するラクーンですが。まぁ戦国時代の火縄銃でも、足軽にとっては一財産。それを壊されたら怒るというものでしょうが。問答無用で狙撃するようなテロリストにそんな配慮しませんよ。

 この射手は、先ほどのラクーンよりは小柄ですが、アライさんよりは大きいですか。それでも襟とベルトを掴んで、よいしょっと入ってきた窓から投げ捨てます。うまく受け身取ってくださいね。


 「セレブロ!警戒しつつ待機ね。まだ動いちゃダメよ」


 「ガルルルルルッ!」


 狙われたことを理解したのか、セレブロさんが今にも飛びかからんかのように唸っています。本気で怒ったセレブロさん、恐いですよ。粋がっていたラクーンたちも狼狽えています。


 そこに、潰した鉄砲を持って、射手を引きずりつつ私が戻ります。


 『さて。どういうことか説明してもらいましょうか』


 『く…くそ! 抵抗するか人間! 部隊を全部呼べ! こいつら全員捕縛して船を接収するぞっ!』


 ここにいるラクーンの内で一番偉そうな人が喚いています。

 さっき海に落としたラクーンは、仲間に桟橋に引き上げられてきたところです。

 ラクーンの集団に近めの海面、船も無いところを狙って。最小出力でレイコバスターです。


 ドッバーンッッッッ!!!


 うわっ! 私の所まで海水が! 当然、もっと近くのラクーンたちは降ってきた海水でびしょ濡れです。…なんか全員一回り小さくなりましたね。


 『さて。どういうことか説明してもらいましょうか』


 再度聞きました。


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