第8章第032話 ネールソビン島へ
第8章第032話 ネールソビン島へ
・Side:ツキシマ・レイコ
アライさんを送り届けるため、ロトリーの租借地ネールソビン島への出航日も決まり。船団出航の準備が進んでいます。
とはいえ。普段から船の整備はしっかりしていますので。やらなくてはいけないのは水と食料品の補充くらいですが。
一応、このままネイルコードに帰還する可能性も鑑み、帰りの交易品以外はフルに補充するそうです。何が起こるか分からないというか、何が起こっても対応できるようにというか、あくまで用心ですけどね。ネイルコード近くの航海ならともかく、遙か離れたこの地で水と食料が心許ない状態で出航はしません。
三隻のうち二隻は途中まで同行となりますが。もちろんこちらも補充は済ませておきます。
「ひゃー。わたしのために艦隊て移動って。なんかもうしわけないてす」
「アライ殿。ネイルコードとしては、セイホウ王国だけではなく東の大陸の情勢についても把握しておきたいのです。ラクーンらと会うのは我々としても仕事のうちですので。お気になさらずとも大丈夫ですよ」
恐縮しているアライさんにネタリア外相が声をかけます。
ラクーンの国がどの程度の規模なのか、その辺の情報はほとんど無いのが実情です。ネタリア外相としても、是非その辺の調査をして国に持ち帰りたいでしょう。
「私は単純にラクーンの街がどうなっているか興味あるけどね。やっぱ、アライさんがいっぱいいるのかな」
なんか楽しそうな街ですね。マーリアちゃんは観光気分です。
さて。出航です。
セイホウ王国からは、引き続きカラサーム大使が同行してくれるそうです。セイホウ王国側の外交の専門家ですしね。ラクーンの言葉を多少なりとの使えるのも大きいですが。
あと、セイホウ王国の海軍から水先案内人も各艦に同乗しています。海面下の状況を熟知している人は、陸地近くの航路を通るには必須なのです。暗礁は恐いですからね。
舫が放たれて、船は桟橋を離れます。帆は離岸時に補助的に使われるだけで、湾内では蒸気機関で動きます。
なんか見物人がけっこう港に来ていますね。船に手を振ってくれる人たちも。市場で見かけた人も見かけますね。
手空きの船員さん達がそれに応えて手を振ります。アライさんの要件が済んだら、再度寄港する予定ですので、それまでお別れです。
クレーター状のタルタ湾。来たときには西から入ってきましたが。今回は南の切れ目から出て、そこから東に向かいます。
まず目指すは、セイホウ王国本島の東岸にある街ですね。農業と漁港を中心とした街で、陸路でも王都とは繋がっています。
ここには、セイホウ王国海軍の駐留地もあるそうで。ネイルコード船団の三隻のうち、二隻はここで待機となります。
セイホウ王国本島西には、半島やら島やらがけっこうありまして。地図での雰囲気としては九州の西岸かフィリピンかという感じですね。
島は大小たくさん、平地のある島なら農場がありますし、島の間は良い漁場となっているそうで。村や小規模の街が点々としているそうです。
船はそうした島の一つの側を通りますが。
「カラサーム大使、あそこの畑ですよね? 作物はなんなんでしょう?」
「ああ。あれはサトウキビですね。砂糖の原料になります」
"サトウキビ"の部分は、当然こちらの言葉です。
最初、葦やトオモロコシかもしれないとも思いましたが。そういえば、砂糖もセイホウ王国の特産品ですが、原材料までは明かされていなかったかな。この世界でも砂糖の生産は、サトウキビが主原料のようです。
「我が国の主要な交易品ですからね。米が作れない島ではサトウキビ畑を推奨しています」
水田が作れるような平地がなくても、サトウキビならそれなりに水が必要なはずですが。ため池とかもあるのでしょうかね。降水量はネイルコードより緯度が南なだけに多そうですし。
ちなみに砂糖は、すでに帰りの積み荷としてけっこうな量を王都で抑えているそうです。定期的な交易品の有力候補です。
ネイルコードから輸出する品となると、やっぱ麦とかになるのでしょうか?
「セイホウ王国でも麦を作っていますよ。ただ、パンを焼くことはあまりしていないですね。王都で何件かパン屋があるくらいで」
麦を使っている料理を聞くに、粥や水団が多いそうです。うどんもあるかも?
まぁお米についても、セイホウ王国からの輸入は少なく、ネイルコードでの水田の開発を認めてもらっていますしね。航海の費用を考えると、穀物とかではあまり儲からないのかも知れません。
中継地の港を出立し。水先案内人の指示するとおりの航路を取ります。島を避けつつですので、結構ジグザグ航行ですね。
マストの見張り場所にも船員さんが四人ほど詰めて、海面を監視しています。岩礁は恐いですからね。
海域が複雑すぎて、レッドさんの偵察もあまり役に立ちそうにありません。むしろ。船員さんと一緒に見張りしてもらったほうがよさげです。
ネールソビン島へは、帆船では丸一日分の距離とのことです。この島が多い海域で夜の航行は危険なので、夜は無人の泊地を使うそうですが。蒸気船なら、朝に出立して夕方前にはたどり着けるそうです。
蒸気船の安定した速度と帆に寄らない旋回性に、セイホウ王国の案内人の人も驚いています。
「これは本当に素晴らしい船ですね。…御館の方でもこの船を欲しがっていると思いますが、話は出ていませんか?」
「はい。まず完成した船一隻をセイホウ王国にも販売することになっていますよ。機関の販売と技術移転については、整備とセイホウ王国の船への実装の為に、技術者をネイルコードに送る手筈になっています」
「なるほど話が早いですね。…セイホウ王国の軍人が言うのも何ですが、そういう技術を他国に売ってしまっていいのですか?」
「どのみち機関について熟知していなければ、整備も出来ませんし。レイコ殿がいうのには、これはまだ"初歩の技術"だそうで。蒸気機関は陸上でも色々使えますからね。世界的に普及させたいそうです」
マナを動力とする初めてのシステムです。近い将来電気モーターに取って代わられるとは思いますが。まずは動力という概念を世界に広めたいです。
こういう技術は、軍事転用とか心配するところですが。船の技術なんてのは、実のところ軍備としてはさほど重要ではありません。大きさや性能なんてのは、技術力以前にまず予算の問題ですからね。
例えば、大戦中の蒸気タービンの艦艇と、戦後のガスタービンの艦艇。もし搭載している武器が同じならどちらが強いかを考えると、速力も装甲も古い船の方が上なくらいです。
火薬もまだ無いこの時代、船の性能は軍事力に決定的な影響を与える要素とは言いがたいですし。皆が持ってしまえば、優位性なんてものはなくなります。
「世界的にですか。このような船が人や物を乗せて世界を結ぶわけですな。なんとも壮大な話だ」
なんか感動している水先案内人さんですが。
「将来の話をするのなら。でかい貨物は船に任せて、人は空を行きます」
「…はい?」
「ネイルコードからセイホウ王国まで、空を行くのなら。朝出発でお昼過ぎには着くでしょうね」
「…はい?」
あ。ネタリア外相が笑っています。
ネタリア外相は、ネイルコードでの航空機の権威でもありますからね。航空機とか空港とかのビジョンは、すでにいろいろお話ししています。
「まぁ、この船はまだまだ序の口ということですよ。ははは」
「…はぁ」
なんかキツネに包まれたような表情の水先案内人さんです。
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