第8章第020話 セイホウ王国に向けて出航

第8章第020話 セイホウ王国に向けて出航


・Side:ツキシマ・レイコ


 プリンス・アインコール号。プリンス・カルタスト号。デューク・カステラード号。三隻の蒸気帆船は桟橋で待機中です。


 港の式典会場では、クライスファー陛下が王都から出向かれて演説しています。マーリアちゃんやアライさんは賓客席の方に座っていますが。私はなぜか台上の陛下の側に。まぁこの場合のメインはレッドさんですが。


 「では。皆で無事の航海を赤竜神様に祈ろうではないか!」


 小竜神レッドさんが、羽を広げて祝福を与えるポーズです。こういう式典には引っ張りだこですね。歓声が上がります。



 船に乗り込む前。見送りに来た家族がいる者は、各々最後の面会です。

 アイリさん達にカヤンさん達、皆が見送りに来てくれています。


 「「「アライまま、レイコまま、マーリアまま…」」」


 ハルカちゃん、ウマニくん、ベールちゃん…泣きそうな顔しています。


 「三人ともっ! 泣いた顔で見送られたくないわよっ! 笑いなさい!」


 マーリアちゃんが発破かけます。


 「う…うん、わかった。アライまま、いってらっしゃい!」

 「マーリアまま、いってらっしゃい!」

 「レイコまま、いってらっしゃい…」


 泣き笑いで送り出してくれる子供達でした。


 「レイコ殿。面白い土産話、待っておるぞ」

 「マーリアさんもお気を付けて。セレブロさんもね」


 アイズン伯爵とクラウヤート様。



 クリステーナ様にカルタスト殿下、カステラード殿下も来られています。今回はアインコール殿下がお留守番ですか。


 「ちゃんと帰ってきますよ。やりかけのことも一杯ありますし。ネイルコードの発展も楽しみですからね」


 「まぁだいたい察してはいる。アライさんが心配なのも本当だろうが、帝国の魔女が気になるんだろう?」


 「…そうですね。その辺のことは調べられるときに調べておくべき…という気がしています」


 なんだかんだで私の行動原理はカステラード殿下が一番理解してくれてい感じですか。


 「ネタリア外相とオレク司令には、レイコ殿の要望に出来るだけ添うように言い含めてある。今回の交易品も、場合によってはレイコ殿が自由にしていいとも免状を与えてある。気が済むまで探ってくるが良いさ」


 「ありがとうございます。カステラード殿下」


 「レイコ殿。帰ってきたら冒険譚、いろいろお話ししてくださいね」


 「カルタスト殿下もありがとうございます。まぁ土産話になるような冒険は無いにこしたことはないんですけどね。」


 カルタスト殿下。まぁ気楽に言っているわけでは無く、こちらに配慮している感じはします。


 「エカテリンさんっ!」


 「久しぶり。っても半月ぶりかな?」


 女性護衛騎士エカテリンさん。実は今年に入ってから軍学校で教鞭を取っています。

 平均値で言えばどうしても男性騎士の方が戦闘力は上なのですが。貴族相手の場合は護衛対象が女性であることも多いので、女性の護衛騎士はむしろ不足しているのが現状。ということで、軍学校の騎士課程に今までの経験を買われて、女性騎士見習いの訓練をしています。

 貴族の次女三女でマナ能力が使える人や、庶民から才能を買われた人が、将来の護衛騎士を目指してます。


 「今日は休暇を貰ってな。学校がなければ私も海に行きたいところだ。うらやましいよ」


 「なにかエカテリンさんが喜びそうなお土産でも探してくるね」


 「ははは。楽しみにしているよ」


 あちこちで家族と挨拶を交わしている船員達。

 ドラが鳴らされて、出航の時間です。



 皆が船に乗り込み。舫が解かれて碇が上げられます。

 先に乗り込んでいる船員によって、ボイラーは既に炊かれていますが。桟橋から離れるのには帆を使うようです。

 風をはらんだ帆で船が桟橋を横にゆっくり離れていきます。

 十分桟橋から離れたところで帆の向きが変えられて。蒸気機関によって先頭の船から東方向にへ増速していきます。


 「いってらっしゃーいっ!」

 「ご無事でーっ!」

 「良い航海をーっ!」

 

 桟橋に残っている人たちが思い々々に声をかけてきます。船からも、手空きの船員達が手を振ります。

 子供達がぴょんぴょんしているのが見えます。アライさんも手を振ります。


 エイゼル市の港は、ボルト島との海峡にあり。ここにはいつも西から東への海流がありますので。港に来る船は西から。港から出る船は東へとなっています。


 この船は、ガレオン船というよりは後期の帆船に船形は似ています。有名どころで言うところのカティーサーク位の排水量で、ちょい太めで短め。船員三十名+機関整備員五名+お客さん。

 外海での波よけのために船首付近は一段高くデザインされていて。艦尾には艦長室や会議室などのある船尾楼があり、その上がブリッジです。ブリッジはもっと前にあったほうがとは思うのですが。舵の操作と機関室への指示、帆の状態の確認をしやすいと言うことで、艦尾にあるそうです。あ、露天ではなく屋根ありますよ。屋根だけで壁はないですが。

 私とマーリアちゃんにアライさんは、このブリッジで出港の見学をさせて貰うことになりました。


 「蒸気のおかげで、海峡を出るのが楽になりましたな。海峡を抜けたら、帆を全開にして南東に進路を取ります」


 ミヤンカ船長が説明してくれます。

 ボルト島と本土の間は常に海流があるので。なにかしら動力が無いと船が流されて座礁の危険があります。いつもは帆走状態で抜けるのですが、風向きの影響を受けます。蒸気機関なら舵を操作するだけで海峡中央を進めます。

 ちなみに、蒸気機関とかエンジンではなく、単に"蒸気"と訳すようになったようです。


 「蒸気回転数一つと二分。異常なし!」


 ブリッジに並んでいる声伝管の一つから報告が上がります。船の下の方から、ガシュガシュと蒸気機関が動いている音が伝わってきます。

 一つと二分というのは、毎秒1.2回転という意味になります。最大で毎分2回転まで上げられますが、それは緊急用。毎秒1.2回転は巡航回転数です。この辺は、テスト航行の時にいろいろ教えて貰いました。


 「信号旗、蒸気一つと二分! 我を先頭に距離十で三角組め!」


 士官からの指示が飛びます。


 「旗で、後続の船にこちらの大まかな速度を知らせているのです。海峡を抜けたらこの船を先頭に三隻で三角の隊列を取ることになります。距離十というのは1ベールとなります」


 1ベールは大雑把に1キロ程度。一辺が1キロの三角を組めって事ですね。一見かなり離れているように感じますが、水上の船はすぐには止まれません。三角になるのも距離を空けるのも、衝突防止のためです。

 逆に、視界が悪い時には、速度を落として距離を詰めることになります。


 「速度合わせるのとか、大変そうですね」


 「ははは。そこは訓練のたまものですな。まぁ帆しか使えなかったことろに比べれば容易いことです」


 蒸気機関だけではなく、帆も使って速度を稼いでいて、斜め前から吹いてくる風に結構速く感じます。

 甲板では、船員さん達が帆の微調節に走り回っています。


 後ろを振り返ると、ボルト島と本土がまとめて低くなりつつあります。

 なんかすごく寂しい気分になってきました。


 「…しばらくネイルコードは見納めね」


 後ろを見ていたマーリアちゃんがつぶやきます。

 …アライさんも陸を見ています。何を思っているのでしょうか。


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