第8章第019話 渡航準備2

第8章第019話 渡航準備2


・Side:ツキシマ・レイコ


 蒸気帆船艦隊によるセイホウ王国への渡航準備は着々と進んでいますが。

 私が渡航している間の私に関わる資産の扱いについても、話をつけておかないといけません。


 ペーパープラン研究所。ネイルコード国営鉄道。各種奉納案件。エイゼル市の家やら、ファルリード亭の経営に関しても権利を持っています。資産価値としては結構な額です。

 面倒かけますが。権利関係はランドゥーク商会、というよりタロウさんとアイリさんに全権委任することにしました。ファルリード亭関係はカヤンさんへ委任です。


 「レイコちゃん。こういう手続き、なんか縁起悪く感じるんだけど…」


 アイリさんがぼやきます。


 「あくまで私が居ない間に、判断が必要な案件をどうするかって話しだけど。もし私が戻ってこなかったら、タロウさんとアイリさんに譲渡するって書いておかなきゃね。ファルリード亭関係はカヤンさんに。全部あげちゃう」


 「それって単なる遺書じゃないのよ!。いやよ、そんなこと書かれてもうれしくないわよ!」


 この辺明記しなかったらどうなるのかしら? 普通は遺産は遺族に…だけど。血縁的には私は独り身だからなぁ… 国に接収…べつに伯爵やこの国なら良い感じはするけど。ペーパープラン以外はやはりアイリさん達に渡しちゃった方が良いよね。


 「先日の海軍さんとの打ち合わせの時に、遺書を書いとけって言われたんですよ。船に乗る人は皆、出航前に遺書を預けているそうですよ。三年行方知れずになったら有効だって」


 「…戦地に向かう兵士達も、遺書を預けるって言うけど。海でも同じなのね…」


 戦争なら戦死したかは比較的すぐ分かることが多いですが。海の場合、帰ってこなかったら遭難したんだなという状況証拠のみですからね。死亡が確認されなくても、三年で死亡と処理されます。

 もちろん、三年以上経ってから生還する…ということも考えられますので。そのときの権利復帰の割合や保証なども法律で決まっているそうです。この辺の法律は、セイホウ王国発祥だそうです。


 「あくまで"もしも"よ。私だって帰ってくる気満々だし。それでも、その"もしも"を考えるのも、商会のトップの仕事でしょ?」


 「んも~。それはそうだけど…」


 まぁ、すでに分割所持や管理依頼しているものを丸投げするだけで、表向き何かが変わる話では無いですが。こういうことはきちんとしておくべきです。


 「"もしも"の場合でも、たぶんレッドさんを連絡によこせるんじゃないかな?」


 「クー? ククックーっ!」


 レッドさんの飛行能力なら…この惑星の裏からでも二日もあればたどり着けるかな。


 「うん、数日はかかるけど、連絡くらいならしてくれるって」


 「むむむ… まぁ全くの行方知れずになるよりはましなんだろうけど…」


 そういえば、アライさんも、ラクーンから見れば三年行方不明が成立していますね。向こうではどうなのでしょう?


 「ヒャ? 船が帰ってこないとみとめられたら、死んたことになります。たいたい帰る予定の日から一年てすね。…わたしももう死んたことになっているとおもいます」


 「…向こうでの生活が難しそうだったり面倒なことになったら、ここに帰ってきてね。アライさんが預けてあるお給金も、結構な額になっているんだから」


 ファルリード亭では、アライさんにもお給金出していたのですが、ほとんど貯めていたそうで。最初アライさんは、渡航費用を出すとまで言い出したのですが。そこは国からのガイド格として、逆に給金が出るそうです。ネイルコードではセイホウ王国のお金への換金がまだ出来ないので。当座生活できそうな貴金属以上は、エイゼル市の商業組合に預けっぱなしとなります。

 セイホウ王国とは、通商条約が結ばれているわけではないので、通貨の交換比率とかがまだ決まっていないのです。交易も、実質物々交換ですよ。


 「…もし…もしも向こうから戻って来られないのなら。なにか換金性の高いものに変えて送ってあげるわ。時間かかるだろうけど」


 アライさんの預金については、アイリさんとタロウさんに信託されることになりました。

 結局アライさんも、もしもの時には子供達に分配としたのですが。先の話だと、アライさんはまず死亡扱いされていそうですから、家財や財産は全部処分されている可能性が高いです。帰ってきて欲しいと皆が思ってはいますが。いざというときの対応は決めておく必要があります。


 「でもやっぱり帰ってきて欲しいな。ここはもうアライさんの家でもあるんだし」


 「ヒャ。ありかとうこさいます、アイリさんタロウさん」


 「任せてよ。なんかちょっとでも変なところがあったら、私がひっぱって戻ってくるから」


 マーリアちゃんが息込んでおります。

 マーリアちゃんは、ユルガルムとマルタリクのマナ工房についていくらか権利を持っています。

 エルセニム王国から出ている王女兼大使としての活動資金…まぁマーリアちゃんの給料みたいな物ですが、生活費に必要な分以外をほとんどマナ関係の工房に投資してしまっているのです。あと、ファルリード亭に関してもいくらか乗っています。

 モーターやら冷蔵庫にクーラーと、マナ技術の需要はうなぎ登りですからね。マーリアちゃんにも結構なお金が入ってくるのですが。


 マーリアちゃんは、もしもの場合はその利権の半分をエルセニム王国へ、半分を換金…エルセニム王国に売却した上で、在ネイルコードのエルセニム人のサポートに当てることにしたそうです。ファルリード亭に関する分は、カヤンさんとタロウさんの子供達に分配譲渡。まぁマーリアままですからね。


 「「「アライまま…」」」


 側で話を聞いたいた子供達が不安な顔しています。

 確実ではありませんが、お別れの可能性はあります。今生の別れとなる可能性だってあります。

 しかし、アライさんは故郷に帰るのです。それを止めるべきではないと子供達も理解したようです。

 ただ、だまって抱きついてました。




 皆がファルリード亭で送迎会を開いてくれました。

 アライさんが帰国…ということですが。お別れ会にならないように子供達が神経尖らせています。送別会ではなく、送迎会なのです。


 「ほら。アライさんが国に帰れるんだから。喜んであげないと」


 「……」


 子供達はまだ心情的に納得仕切れていません。まぁ赤ちゃんの頃から一緒に居ましたからね。


 「ヒャ…ありかとうねみんな。とうなるかは行ってみないとわからないけと。また会えるようにかならす頑張るから…」


 抱きついてきた子供達の背中を優しく叩きつつ諭します。

 アライさんも、「また会える」とは言いますが。今回の渡航で絶対に帰ってくるとまでは言いません。子供達に嘘は言えないアライさん。すべては、「向こうに着いてから」です。


 「今まで片道四ヶ月以上かかっていたんだろ。蒸気船は遠目に見たけど、あれで航海期間は半分以下になるんだってさ。片道二ヶ月なら、年内には帰ってこれるのかな?」


 カヤンさんが子供達をあやしますが。まぁ二ヶ月と言ってもあくまでセイホウ王国まででして。そこからもしラクーンの国へ行くとなるとどれくらいかかるやらではありますが。


 実のところ、アライさんが戻ってこない可能性はそこそこあると思っています。なにせ向こうは生まれ故郷ですからね。ネイルコードにはラクーンが一人も居ないですし、表情がわかりにくいですが居心地の悪さを感じていてもおかしくはないのです。今までのアライさんの境遇を考えると、「行かないで」と安易に言うのは憚れます。

 悪いようにしない、自分の目で確かめる、私が同行するのもその辺が理由で。絶対連れ戻すというわけではありません。



 ファルリード亭常連さんがいろいろ声をかけてくれます。


 「アライさんもレイコちゃんも!本当に無事に帰って来てよ! このまま生涯のお別れなんていやですからねっ!」


 タロウさんの母親のリマさんが絡んできます。お酒入ってますね?


 「うん。アライさんレイコちゃん帰ってこい会だからね今日は」


 モーラちゃんも、お酒あまり持ってこないでね


 お偉いさんとの送迎会は、昨日別に行われましたが。王宮の計らいで、なんあのアム・サンゼ・ロー、"皿洗い要らず"のスープが、王宮のパンと一緒に皆で食べてくれと大鍋で送られてきましたよ。料理長曰く「多めに作ったから」だそうです。

 たかがスープ…と、配られてもすぐに手を着けない人もいましたけど。まぁ一口食べると皆無言になりますね。それほどのおいしさなのです。

 カヤンさんは、唸りながらちびちびと食べています。材料の値段を聞いてびっくりしていますが。

 モーラちゃんが原価計算して、こちらも唸っています。


 「いや…これは王宮料理人からの挑戦状だな… うん、レイコちゃんが帰ってくるまで、どこまでこれに迫れるか楽しみにしていてくれ」


 ネイルコードのグルメの発信地ファルリード亭。ただ、かけられる材料費を考えると、商業地区のレストランの方が美味しいメニューも出てきています。向こうもプロ集団ですからね。

 カヤンさんの腕なら、高級レストランや貴族邸の料理長くらい楽勝でしょうが。それでもこの場所以外での営業は考えていないようです。逆に、高級店や貴族邸からよく偵察が来ているくらいです。

 ここで使える材料でどこまでこの味に迫れるのか。エイゼル市に帰ってくるまでの楽しみですね。


 「ターダくんの成長を見逃すのは、残念だけど」


 「ヒャ。わたしもちょっとさみしいてすね」


 「赤ん坊はあっという間におおきくなるからね。皆が帰ってきた頃にはもう歩いているよ」


 カーラさんに抱かれているターダくん、もうお眠のようですが。まんまおばあちゃんと孫ですね。


 「カーラさんも身体には気をつけね」


 「ふふふ。こんなに大勢の孫までかこまれて賑やかになったのだから。次はひ孫くらいまでは頑張ってみるかね。それより、レイコちゃんにマーリアちゃんにアライさんも、体調には気をつけてね。海の水は身体に悪いって言うし」


 「おばあちゃん、海に出るからって海の水は飲まないわよ。ねぇ?レイコちゃん」


 こんな時にも給仕に回っているモーラちゃん。この娘も思えば大きくなりました、今は見た目中学生くらいです。


 「さて。私もお手伝いしますか」


 「レイコちゃんの送迎会でもあるのに。座っててよ」


 「給仕もしばらく出来ませんからね。ここでやり納めです」


 エプロン取ってきましょうかね。


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