第8章第018話 渡航準備

第8章第018話 渡航準備


・Side:ツキシマ・レイコ


 セイホウ王国への出航は一月後となりました。いろいろ準備をしないといけないわけですが。

 今日は、ネイルコード海軍の方々との打ち合わせです。


 今回のセイホウ王国派遣艦隊、同型の蒸気帆船三隻からなります。

 プリンス・アインコール号。 船長ミヤンカ・クレメント。

 プリンス・カルタスト号。 船長ジートル・ドゥブノ。

 デューク・カステラード号。 船長セベロック・ハンスク。


 そして艦隊司令 オレク・スルク・シンシク司令。

 皆さん、ピシッとした海軍の士官服に日焼けした筋肉って感じのナイスミドルです。


 蒸気帆船の船名は、現状の皇位継承権順に名前を付けています。建造はまだ続いていますので、王族では名前が足りなくなるのもそう遠くないでしょう。

 ちなみに、私の名前をつける…なんて話も持ち上がりましたが。丁重にご辞退申し上げましたよ、はい。

 …船首像に小さいドラゴンを抱いた女性像を着けたのは誰だ! まぁどう見ても成人女性の像なので、似ていないからよし?


 私の乗船の名目ですが。艦隊に参加するにあたって、ネイルコード国アドバイザーの肩書きを貰いました。この時代の航海は観光旅行ってわけでもないので、お客扱いという訳にも行かないのです。

 マーリアちゃんはエルセニム王国からセイホウ王国へ派遣される大使としての参加予定です。…ただ、これからご両親に報告するためにエルセニム国に帰省する予定です。事後報告で良いんですかね?

 アライさんは、ラクーン人ガイド格です。まぁお仕事は向こうに着いてからですが。

 カラサームさんは、今回の航海に同行しセイホウ王国へ帰還することになりました。あと、大使の侍従のナザレ・ヘルツさん。三十代くらいの騎士さんですね。セイホウ王国の面子は、今回はこの二名だけが同行です。

 他のセイホウ王国の方々は、正教国の大使館の方に戻るそうです。元々そちらがお仕事ですしね。


 「小竜神様っ! 赤竜神の巫女様っ!。お召し船の名誉を賜り、光栄至極でありますっ!」

 「「「光栄でありますっ!」」」


 「ひっ!…よっ よろしくお願いします!」

 「クックルー」


 おじさま達が直立不動で敬礼、ビクビクものですよ。私の小心が思わず土下座したくなります。

 …笑わないでくださいよカステラード殿下。どうにも慣れないんですか。


 「くくく。見ての通りだ。最敬礼は済ませたのだから、以後は"レイコ殿"と呼ぶように」


 「「「「はっ殿下!」」」」


 カステラード殿下が指示してくれました。助かります。…毎度のやりとりですが。楽しんでやってませんか? カステラード様。



 私はほとんど客扱いとは言え、航海に必要な知識を教示いただきます。

 まずは、一番肝要なこととして、航海中の指揮系統の説明から。


 今回の蒸気船は海軍管理の軍属ではありますが。あくまで交易"船"。それでも指揮系統的には"艦"隊。ちょっとややこしいですね。

 砲艦外交っても、火薬兵器がないですが。まぁ最新鋭蒸気船ともなれば国威の象徴ではありますので、外交権限を持った軍人が長を務めます。


 海の上では孤立している船の中、艦隊司令や船長ともなれば絶対的な権力が与えられます。それこそ反乱でも起こそうものなら、船長判断で即決の処刑すら可能です。もちろん、帰港後に軍法会議にかけられ事件は精査はされて、責があるとされれば司令や船長が裁かれることになりますが。

 航海の目的や目的地は、外相であるネタリアさんが決定権を持ちますが。一度海に出れば、航海に関する決定権は艦隊司令に。各船内の決定権は船長にあり、これは司令や外相も口を出せません。要は、船の扱いと航海の安全に関しては、素人は口出すなってことですね。

 誰がどの範囲で決定権を持つのか。同船するのならこれは明確に理解しておく必要があります。赤竜神の巫女という立場もほとんど効力を持ちません。なにか曲げたいことがあるのなら、ネタリア外相やオレク司令、乗船中の船の船長を理詰めで説得する必要があります。

 航海中は、私は立場的には船員以下となります。


 「セイホウ王国のお二人も、当方の指揮には従っていただきます。船上では大使の特権は認められません。そちらの要望も、考慮は出来ますが絶対に従うことはお約束いたしかねます。そこはご理解いただきたい」


 「私共も航海の厳しさは重々承知しております。委細お任せいたします」



 私とレッドさんと、マーリアちゃんとアライさん。船長室の隣の士官室を使わせていただくことになりました。

 大使格に対する待遇というよりは、女性がいることによるトラブルを防ぐという意味もあるそうです。女性を船に乗せるなとは、地球でも言われていたことですが。案外切実な理由があったのかも知れませんね。


 あと。セレブロさんも連れて行けることになりましたが。船長から提示された条件は非常に厳しいものでした。


 ・もし食糧難や水不足となった場合は、人間への配給を優先とすること。

 ・極限的な食糧難となった場合は、食料としての供出に応じること。

 ・船上では、仮に人側に非があったとしても殺傷は可能な限りさせないこと。また、いざという場合には鎖などで拘束できるようにしておくこと。


 あくまでもしもの時の話ですが。遭難などの極限状態になったらセレブロさんに犠牲になって貰う必要があるということです。

 三つ目の条件も、要は裁判権は船長に属するから、動物だからと私刑は許さないということです。セレブロさんに手を出した人間が無罪放免になるわけではありませんが。船上では、例え犯罪者であっても人手が減ることは簡単には許容できないというのもあります。他の船員に皺寄せが行く話ですからね。


 「…承知いたしました。」


 マーリアちゃん、苦渋の決断です。そこまでして一緒に行ってくれるのはありがたいんだけど。


 「マーリアちゃん、そこまで無理して一緒に来てくれなくても良いのよ? 船旅は楽じゃないわよ」


 「レイコ。みんなが何心配しているかくらい分かるでしょ。それに、帝国の魔女が赤竜神様の関係者じゃないかってのは、レイコだって考えているんでしょ?」


 「う~ん…黒髪、国を滅ぼせた、それくらいしか根拠はないけどね」


 場合によっては、私が旧帝国に行ってしまって帰ってこない。そんなことを心配してくれているようです。

 …私がこの世界で長い時間を過ごすことは確定してます。この世界の不明な部分を解明できる機会は多い方が良いでしょう。仮に帝国の魔女がメンターだとしたら、彼女に何が起きたのかは、知っておきたいのです。

 赤井さんは教えてくれそうにないからなぁ。レッドさんは知っているんだろうか?

 それに。アライさんのことはなくても、ラクーン達の現状も知っておく必要があると思います。セイホウ王国では、種族間の対立を防ぐためと言ってましたけど。蒸気船で大海が狭くなるのと同じく、文明の発達と共に両方の接触は不可避です。これも早めに把握しておきたいと感じています。


 「どうにも不安なのよ。アライさんもだけど。私はレイコにもちゃんと帰ってきて欲しいのよ」


 「…ありがとう、マーリアちゃん」


 そこまでして付き合ってくれるのですから。マーリアちゃんに関わる問題も軽減しておきたいところです。

 ということで。


 「船長、今から船に冷凍庫の増設は可能ですか?」


 「ふむ。馬車や鉄道に積む貨物用冷凍庫なら私も見たが、あれならまだ積むことは可能だと思うが」


 馬車や貨物列車に積めるようなサイズの冷凍庫が量産されつつあります。地球のコンテナを参考に、2.4メートル立法ほど。なぜこのサイズなのかは知りませんが、規格化されているからには有用なサイズなのでしょう。

 分厚い断熱材と冷凍装置のために容量は減りますが。1つで三トンくらいの肉や魚が積めるはずです。

 すでに各船にも食料用冷蔵庫が装備されていますが。セレブロさんを連れて行く分の食料のために余力を確保をしておきたいと思いました。


 「私が費用を出しますので。追加で各船に一台ずつ…できればさらにもう一台積むことは出来ますか?」


 「銀狼の食料用ですな?」


 ミヤンカ船長、私の意図は理解してくれたようです。


 「はい。あと、普通に船員さん達が食べるものも多めに積めればなお良いかと」


 船員の食料が増えれば、最悪の可能性も減ります。

 セレブロさんが食べられるなんて事にならないよう、出来る手は打っておくべきです。はい。


 「レイコ…ありがとう」


 「それはこちらの台詞よ」


 「ははは。すこし脅しが過ぎたようですな。失礼しましたマーリア姫」


 「…いえ。非常時には致し方ないことだと思います。航海に同行するからには最悪に対する覚悟は必要だと思います」


 「慧眼ですな。私共としても生鮮食料が増えるのはむしろありがたいですので、冷凍庫の増設は歓迎です。船内の配置を検討して、改めて数を決めましょう」


 重たい物は船底へ。船のバランスのために必須な操作です。マストと帆を持つ帆船ならそれこそ、普段は重りとして船底に石も積んでいるくらいですし。飲料水やお酒を入れた樽も船底に積んでおく物だそうです。重たい蒸気機関と水タンクも船底に設置されています。

 冷凍庫は、単に置いておけば良い物ではなく、廃熱も考える必要がありますので。他の荷物の移動など、調節が必要だそうです。重量バランスの計算が必要とは、まるで飛行機ですね。


 ちなみに、卵のための鶏も積んでいくそうです。潰す予定はありませんが、当然いざというときには食料です。大海を渡るのはそれだけ厳しいって事ですね。




 改めて。今回の航海の目的は。


 ・新型蒸気船の遠洋航海試験。

 蒸気機関の長時間運転ということで、技師さん達も乗り込みます。

 スクリューは二軸で蒸気機関も二セット。これは故障時に航行できなくなることを防ぐ意味もあります。また、予備パーツも結構な量を積むそうです。

 帆走だけの船よりかなり時短になることが期待されています。また、冷蔵/冷凍庫搭載による船員の健康の検証なんてのも資料に書かれていますね。


 ・セイホウ王国との親善と、定期交易の開拓。

 今回は、ユルガルム産の鉄とマナ塊を結構な量持って行くそうです。いいバラストになりそうですね。あと、少数ながらもネイルコード産のクーラーやら冷蔵庫やら時計の製品。蒸留酒も持って行くようですね。冷蔵庫はかさばらないように冷却器のみで、木製の箱部分は向こうで作ってもらうそうです。

 海の向こうということもあり、ネイルコード国にとって戦略的に重要な国という訳ではありませんが。正教国とも繋がりのある国ですし。仲良くしておくに越したことはありません。


 ・ラクーンおよび、東の大陸の帝国に関する情報収集。

 蒸気船によって海が狭くなることは確実です。セイホウ王国および、"帝国の魔女"がいた東の大陸と、セイホウ王国が隠しているラクーンの国と言われているロトリー。これらの情報を集めることも含まれています。

 アライさんを連れて行くのは、実は"ついで"な目標となります。それだけなら、セイホウ王国の大使さんに引き渡せば良い話ですからね。


 各自の立場と目的。これを再確認する顔合わせとなりました。


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