第8章第017話 レイコ渡航対策会議
第8章第017話 レイコ渡航対策会議
・Side:クライスファー・バルト・ネイルコード(ネイルコード王国 国王)
「セイホウ王国か…」
「また遠いところに行きたがるものですな」
レイコ殿が保護しているラクーンのアライ殿の出身地が判明したため。一度セイホウ王国経由で帰参する方向で調整が進んでいるが。それにレイコ殿が同行すると言い出した。
今日の最初の議題はこの件についてだ。
セイホウ王国。特産品としては、香辛料や砂糖に珍しい農産物などが多い。
今でも難儀な航海が十分黒字になるほどの交易は可能な国ではあるが、ネイルコードとして必須というほどでもない。それでもこの国との交易品で一番喜んだのはレイコ殿だろうな。"米"については大騒ぎしていた。
ネイルコード側からは、鉄などの金属、それに魔獣やユルガルムでの採掘で得られたマナ塊が交易品として輸出されている。向こうでも全く手に入らないわけではないようだが、国内での調達には難があるそうで価値は高いそうだ。
我が国で大型帆船が建造できるようになってから、五度ほど直接渡航を行っているが。交易よりは、むしろ正教国の元宗主国に直接の繋ぎが欲しかったというのが本音だ。いざというときには仲介くらいして貰えるくらいの関係は築きたかった。まだ大使が常駐するには至っていないがな。
レイコ殿が、「帝国の魔女」に幾ばくかの興味を持っている事は確認している。
帝国の魔女、もしかしたら千年前の東の大陸にはレイコ殿と同じような者がいたのかもしれない。傾国の美女とも伝わっているので、黒髪という以外に共通点はなさそうだが。
もし魔女が赤竜神の巫女だったとしたら…赤竜神なら複数の巫女を使わすことは問題なく出来るのだろう。その国に大きな影響を与える巫女の降臨、目的については見当も付かないが。それがなぜ、東の大陸で栄えていた帝国を滅ぼしたのか…
今後、レイコ殿と付き合っていくにおいて、ネイルコードでも知っておくべきではないかという不安がくすぶる。
あのレイコ殿が国を出るという話だからな。会議は喧々諤々となっている。
レイコ殿の出国を許すべきか。許す許さないの制約をかける権利が我々にあるのか。阻止すべきか。そもそもどうやったら阻止できるのか。いっそ船を燃やすか。
「わしは、アライ殿を連れたレイコ殿を見た時から、こんなことになるだろうとは思っていたがな」
しかしまぁ、アイズン伯爵が一番落ち着いているように見える。
「…とりあえず、いつもの最善と最悪を考えてみようか」
意見がまとまらないときには、まずこれだ。
「最悪ですか…レイコ殿が帰ってこない、セイホウ王国に付いて大陸を攻めてくる…とかか?」
初手はいつものザイル宰相だ。
「「くくっ…」」
集まった面子か笑いを堪えているのが分かる。レイコ殿に関して、すでにそんなことを心配している者はいないだろう。
「ふん。万が一本当に攻めて来たとしたら、もう対処のしようもないので置いておくが。帰ってこられないことは多少は心配すべきだと思うが…」
宰相も分かって発言しているのだろう、苦笑で返す。
「この国はすでにレイコ殿からは多大な恩を戴いておる。研究や開発の分野でも、今後数十年は暇にならないほどの"課題"を出されておろう。そのレイコ殿が"ちょっと旅行に出たい"と言っているのだ。妨げるようなことは控えるべきだろうし。よほどのことがない限り、レイコ殿はネイルコードに戻って来てくれると思っておるよ。自惚れかも知れんがの」
レイコ殿にもたらされた英知の集積所"ペーパープラン研究所"、レイコ殿と国で出資して設立した研究機関だ。
とはいえあまりに目標が高度であるため、大部分の分野では今後の研究の指針を示すに止まっている。それでも、電信や計算機など、近い将来大きく発展しそうな分野もちらぼら出てきている。
医療や農産物改良などの分野でも、大きく動き出している。なにより、全くの手探りではなく目標が定まっている、このことが大きい。
研究所への出資率は国の方が大きいが、利益が出た場合は折半となっている。それでも折半はネイルコード側に有利すぎる条件ではあるが。そこで得た特許による利益は、さらなる研究開発や教育に振るようにレイコ殿からお願いされている。
「まるでレイコ殿がもう用済みかのような言い方ですな、伯爵」
「ネイルコードだけに止まるような娘ではないだろうというだけだ」
マラート内相が食ってかかるが。アイズン伯爵はまったく動じていない。
レイコ殿の土木工事参加で、内政面では、時間も費用もかなり節約出来ているのだから、内相がレイコ殿を惜しむのは仕方ないのか。
「しかし…そのよほどのことが起きたら」
「もしレイコ殿に向こうに止まらなけれはいけない理由が出来たとすれば…それはネイルコードがどうこう以上に重要な理由じゃろう。それこそ、わしらにはどうも出来ん」
現在レイコ殿がネイルコードに居ることも、なにかしら赤竜神の意図があるだろうとは思われている。レイコ殿も知らされておらず、アイズン伯爵の存在がその理由では?とレイコ殿が言っていたそうだ。
もし、今回のセイホウ王国渡航が赤竜神の意図の範疇だとしたら…確かに我々にはどうしようもないだろう。
ネイルコードの西方は、正教国が友好的になったことで安定し。国内もレイコ殿の武威が必要となるようなことが起きる懸念は今のところはない。北方の魔獣についても、砦の蟻対策は進んでいるようだし、もともとレイコ殿に依存しない防衛体制を目指している。
レイコ殿が居ないネイルコードでも、しばらくはうまく回っていくだろうことも確かだ。
「陛下…私もセイホウ王国に行きたいのですが…」
レイコ殿の渡海も仕方ないか…という雰囲気になったところで。何を言い出すネタリア外相!。
「「ずるいっ!」ぞっ!」
思わず反応したのは、カステラードと、勉学の一環として参加していたカルタストだ。
蒸気船のテストは順調だ。蒸気機関を二基搭載し、帆走能力もある。それが三隻で船団を組む。大洋航海でも危険性も大分低くなっていると思う。
今までのセイホウ王国への直接渡航も、犠牲が皆無とは言わないが、既に五度ほど成し遂げられているので、航路や航法は確立している。よほどのことがない限り全滅ということも無いだろうが。要人を乗せての遠洋航海は、簡単には許容できない。
「おぬし、渡航の間の外相の職はどうする?」
「国の西も安定しておりますし、タウクール次席も十分有能です。息子のフィーランスもそろそろ実務で揉みたいと思っておりましたので、丁度良い機会かと思います」
「むむむ…」
大臣職は世襲ではないが。現職の子息という環境が素質を育てるのも事実。有能な人間の子供は、その背中を見て育つものだ。今のところ、十九歳となったネタリア外相の子の資質にも問題は無いようだ。
「それに、先ほどの最悪でも語られましたが。もしもの時にレイコ殿がなるだけネイルコードに戻ってくるように説得する、それも現地で。皆様方、必要なことと思われませんかな? その役目を負って、レイコ殿を追ってのセイホウ王国表敬訪問をする外交官、今から選抜できますかな?」
レイコ殿を引き留められるほどの親交のある人物…
アイズン伯爵は論外だ、彼の才覚は、比較的平和な今だからこそ必須だ。
カステラード…高位の継承権を持ち、軍相でもある奴もまた、いくら国情が安定しているとはいえ、海の向こうに出すわけにもいかない。
アイズン伯爵の孫のクラウヤート…喜んで行きそうだが、他国に国の代表として送るにしては若すぎる。
カスタルト。王太子の嫡子、直系中の直系だ。論外中の論外。
クリステーナ。ふざけるなっ!
「…よかろう。現地の情勢に臨機応変に対処し、なるべくレイコ殿がネイルコードに戻ってこられるように計ってくれ」
「承知しております。微力を尽くしましょう、陛下」
こやつ…うれしそうな顔をしやがって…
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