第8章第014話 カラサーム大使との会合
第8章第014話 カラサーム大使との会合
・Side:ツキシマ・レイコ
晩餐も終わり、ホールでの歓談も和やかに進んでいますが。ここで私とアライさんは、セイホウ王国カラサーム大使との会合のために中座します。
もともとそういう歓談をすること込みの時間ですので、無礼にはなりません。もちろん、正教国のリシャーフさんも同席です。…いろいろ責任取ってね。
マーリアちゃんはエルセニム王国代表として外れられませんし。レッドさんは、晩餐の余興としての将棋とリバーシの対戦中です。これらは前から決まっていたことですので致し方なし。
代わりと言っては何ですが、ネタリア外相とカステラード殿下が一緒に来てくれるそうです。私は公式にはネイルコード所属という訳ではありませんが、私の動向はそれなりに影響がありますし。アライさんのお披露目にしてもクリスティーナ王女主導でしたので。一緒に話を聞いてもらうことになりました。忙しいところ申し訳ないです。
相手は正教国のトップとセイホウ王国の大使ですからね、ネイルコード国としても無関心という訳には行きません。
「まずは、ネイルコード王国の素晴らしい歓待に感謝を。貴国の文化と経済の発展には感服いたしました。セイホウ王国としても、これからも良い関係を築いていきたいと思います」
列席するのは、第二王子と外務大臣ですからね。まずは大使として挨拶するカラサームさん。
「お気に召して戴けたのなら重畳です、カラサーム殿。セイホウ王国へ航路を楽に行き来できる新型の船も完成しましたし。ネイルコード王国としても貴国との文化経済面で良い関係を築いていければと思います」
ネタリア外相が、皆に着席を進めます。
「…カラサーム大使。あのあと子供達が不安がって、しょうがなかったんですけど」
これだけはちょっと言っておきたかったのです。それは申し訳ない…と苦笑するカラサームさん。
「レイコ殿からこの会合の目的は聞いています。ただ、アライ殿は王室の方で客として認定している方です。それを奴隷のように売買という話なら、国としてはまぁ…遺憾の表明と抗議をせざるを得ないのですが」
ネタリア外相がこちらの懸念を補足してくれます。
「カラサーム殿。言ったとおりかなりの誤解を生んでいるようですわ」
ほれ言わんこっちゃないという感じのリシャーフさん。
「申し訳ありません。こちらの言葉にまだ慣れていないもので、表現が稚拙になったことはお詫びいたします。事務的な会話なら困ることは無いのですが…機微を載せるのはまだ苦手でして」
リシャーフさんはこの大使が悪人では無いようなこと言ってました。まぁ印象は悪くないのですが。
「まず。件の話は、あくまでロトリー…我が国でのラクーンの呼称ですが。そのラクーンの保護が目的なのです」
「買いとるのが保護ですか?」
「正教国とダーコラ国で奴隷制度廃止に尽力されたレイコ殿のことは伺っておりますが。それでも、対価を払って入手したものなら、それをただで寄越せなんて交渉をしてもいざこざの元ですからな。買うと言ったのは、そのときの補填以上の意味は無いのです。ご不快な思いをさせた赤竜神の巫女様とキュルックルさんにはお詫びいたします」
胸に手を当てて頭を下げるカラサームさん。
「アライさんの保護というのは。セイホウ王国としての意向なのでしょうか?」
「そうですね。セイホウ王国では国策として、迷いラクーンを見つけ次第保護しています。ただ、国の方でも彼らの存在を知っているのはそう多くはありません。王国に住んでいる分については、本島の東にある島に街をつくって集めております。ロトリー王国…ラクーンの国が東の大陸の、そのまた南にある大陸にあるのですが。そこの国との交流も、基本その島だけで行っています。また、かつて帝国があった東の大陸も、今ではラクーンたちの勢力圏です」
東の大陸の南にある大陸。日本人の感覚だと南米みたいなものかな?
「隠してこっそりと付き合っているということですか? なんでまた?」
「昔からの掟と言いますか言い伝えと言いますか。人とラクーンは住み分けるべしという伝承があるのです」
「だれが?どうして?」
「だれがの部分は、ここではお教えすることは出来ません。どうしてという理由については、まぁラクーンと人間が混じって暮らすことには衝突の危険があるということですね」
「衝突の危険?」
私たちはアライさんしか知りませんが、非常に温厚と言っていい生き物だと思います。彼らと争いになるようなことは想像できません。
「失礼ですが。こちらの大陸の情勢についてもいろいろ調べております。同じ人同士であっても、山の民やエルセニム国の人は…まぁ言い方はあれですが、"差別"の対象…になっていましたよね?」
山の民は、東の大陸から人が渡ってくる以前から大陸中央の山地近くに暮らしていた、言わば原住民です。雪山での防寒の為に毛の生えている部分が多いので、見た目の差は明らか。山地での狩猟に適応した身体能力とその見た目で、蛮族扱いされてきました。ミオンさんを見るに、知能も性格も他の皆と変わりないですし、子供も作れますが。奴隷狩りの対象やら、よくて傭兵やら、あまりいい扱いは受けていませんでした。
エルセニム人は、マナの多いこの大陸で突然変異的に生まれた人種で。体内のマナ濃度が高くなっても魔獣にならなかった人達ですが、銀髪紅眼という特徴を持つに至りました。そういう人たちが迫害を逃れて集まったのが、今のエルセニムです。
「それと同じです。人でも毛色が違うだけで差別の対象になるのです。まして姿形がここまで違うと」
「それでも。…かわいがってくれる人の方が多いと思うんですけど」
ファルリード亭でも常連さんには人気ですしね。
「一人二人ならまぁゲストとして遇されはするでしょう。ただ、交流が進んで人の領域にラクーン達が大勢住むようになって、そこで人と同じ権利を主張するようになったとしたら… 逆もまたしかり、東の大陸に人が進出するようになったら…」
「なるほど。最悪戦争だな」
とカステラード殿下。
日本でも、外国人が固まって済むようになった結果、そのコミュニティーが自治に関与することを求めるようになると、軋轢が出たものです。外国人居留地や租界を巡るトラブルも歴史で勉強しましたし。そのままテロや内戦に至っているところも数多でした。
「戦争にまでなるんですか?」
とリシャーフさん。
「人が善意で分け与えている内は良い。ただ、それに慣れてくると、それを権利だと主張し始める者が出てきて、一気に軋轢が広がる。ネイルコードでもダーコラとやり合っている頃には、バッセンベル領の圧政から流民が多く東に流れてきてな。それの対応をしているうちに似たようなことがあった」
「まだ俺がエイゼル市にいた頃だったがな」とカステラード殿下。
「現在はそんなそぶりもないようですが。どうやって解決したんですか?」
「集落を作って隔離したのです。衣食住の支援をしつつ開拓させたり、街道の整備をさせたり。そこから他の町への移住には許可制にして。既存の街村に住むには許可制にしたり。スラムを撤廃して民を移動させていた頃だったので、同様に扱ったわけです」
隔離させるほど、当時は問題になったんでしょうね。
「まぁ流民等の小規模な移動はともかく。境界の部分でトラブルが起きて、それが切っ掛けで対立構造、そして戦争へ…というのが、危惧されている最悪の事態ですな」
「弱い方が植民地化、奴隷化、資源などの略取をされる…そうならないとは断言できないわけですね」
「自分たちの方が強いと奢る国はまずするでしょう。ただ、弱い方も無抵抗ではおりません。泥沼です。ですから、セイホウ王国では、ラクーンたちとの接触を管理し、出来るだけ秘匿することにしたのです」
セイホウ王国側の考えは分かりました。ここでセイホウ王国が侵略するという手段を選択しなかったということは覚えておくべきでしょう。
「…仲良くは出来ないのですか?」
とリシャーフさん。宗教のトップともなれば、理想は出来れば捨てたくないでしょう。
「人は、わかりやすい違いがあると、そこに境界を敷く物なのです。いや、違いを探してそこに境界を作って安心するか… それは正教国でも経験されていますよね」
勢力間のパワーバランスについてはよく勉強されているカステラード殿下です。
正教国がその勢力圏を確固とするために、その境界を意図的に作ろうとしていたのも事実。ダーコラとネイルコードの対立がそれでしたしね。
ミオンさんやマーリアちゃんも、その辺の被害者とも言えますが。
「まぁ、昔からの言い伝えとは言え、これらが納得できる理由だとセイホウ王国では判断しているのです。ただ、全くの没交渉では、それはそれで問題が起きたときの解決手段が限られてしまいます。」
だからセイホウ王国では出島の感覚でラクーンの街を作っているんですね。セイホウ王国との交易は、ラクーン側にも利はあるでしょうし。
こう考えると、江戸時代の鎖国政策も、あながち間違いでは無いという感じもしてきました。
「そのうち大陸の国々ともラクーンを国と認めさせて交流する必要が出てくるでしょう。ただ、私どもとしてはまだそれは時期尚早と考えていたのです。ですから、まだ"珍しい動物"で済む内にアライ殿を保護したかった。
ラクーンたちも、まだ私たちほどでは無いにしろ海を渡るくらいは出来ますからな。ただ、それで遭難して流れ着く…ということがたまにあるのです。私たち大使の任務としては、そういったラクーンの保護も目的に含まれています。
しかし。数年前まで、正教国は内情がちょっとよろしくなかったですからな。赤竜騎士団でしたか、私たちがどこかの街に行く都度に護衛と称して監視と袖の下を要求してくる始末で… 恥ずかしながらアライ殿のことを知ったのは、今回エイゼル市に着いてからなのです」
アライさんは結構長いことファルリード亭で働いていたと思ってましたけど。…私とレッドさんがいるってことが、逆に対外的に閉鎖的になっていたのかな?
「アライ殿は運が良かったですな。あなたが幸せに暮らしていることは分かります。他にも漂着したラクーンの事例はあるのですが…一番ひどい例だと剥製にされていたなんてこともありました」
「ヒャ?はくせい?」
「キュルヴィー、キャルキュ、ピャートゥルール、ヒルル」
「ヒャッ!」
剥製の意味が分からなかったアライさんですが。「毛皮を剥いで置物にする」と、カラサームさんがラクーンの言葉で説明します。
「ということで。リシャーフ様から話を聞いて、王宮でのラクーンのお披露目を止めたかったというのが、あのタイミングでお話した理由なのですが。列車で喜んでいた子供達には悪いことしましたね」
…まぁ悪意が無いことはよく分かりました。
「とはいえ。レイコ殿による人々の意識改革や、ネイルコード王国で建造中の新型船やら。状況は数年前から大きく変わりました。ラクーンと大陸の人々が接触するのはもう時間の問題でしょう。赤竜神の巫女様がラクーンの周知を是とするのなら、私どもとしても異はございません」
…なんか、将来の民族紛争の防止の責任を押しつけられた気がするのは私だけでしょうか?
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