第8章第013話 晩餐会
第8章第013話 晩餐会
・Side:ツキシマ・レイコ
晩餐会前、控え室代わりのホールで、軽くお菓子やお酒を嗜む人たち。
私は、マーリアちゃんやリシャーフさんとお話ししています。問題のカラサーム大使は、離れたところで別の人と歓談中ですね。
「あの娘…美しいというより…すごいな、言葉が見つからん」
「銀髪に紅眼…あれがエイゼル市に滞在されているというエルセニム王国の姫か」
「エルセニム人は魔族だという噂を聞いたことがあるが。あれだけ人間離した美しさならそういう噂も立つものなのか」
やはりマーリアちゃんが注目を浴びていますね。
…まぁ品定めするような視線も多いですけど。王宮の晩餐ですからね。エルセニム国の地位の改善のため国の代表とという自覚と覚悟を持ってこういう場所には出るそうです。
私はまぁ…地味で埋もれる方を歓迎しますけどね。ただそれでも、黒髪黒目は珍しいので目立つかも?
アライさんはレッドさんを抱っこしているので、こちらも目立ちますが。レッドさんがいる時点で変に絡む人は出てきません。びっくりする人はそこそこいるのはいつものこと。
今のところ正教国祭司総長であるリシャーフさんが一緒ということで遠巻きに見られている感じですか。今はまだ偵察の時間と言うことでしょう。
会場に設置された振り子時計が鐘を鳴らします。晩餐会の時間となりました。
ユルガルム製の時計で、こういう場所にふさわしい装飾もされた高級品です。時計をあまり知らない人もいるようで。びっくりしてこれはなんだと周囲の人に質問している人もいます。
天井にはシーリングファン、会場には空調まで効いていて。物欲しそうにはしていませんが、注目している海外からの客は多いようです。ネイルコード以外だとまだあまり出回っていないはず。他国に売り出しても、メンテナンスできる人がいませんからね。今のところ、ダーコラの王城や正教国の教会くらいです。
案内係の侍従が、ホールにいた客をそれぞれ用意された席に案内していきます。
エルセニム国からはマーリアちゃん一人って事で、顔見知っているエイゼル/ユルガルム組と同じ卓に案内されていきました。
私の方と言えば、王族と同じ卓に案内されました。クリステーナ様のお隣です。
「クリステーナ様、お隣失礼します」
「レイコ様と小竜神様のお側なら、私も光栄ですわ」
まぁ見た目クリステーナ様と同じくらいの歳…追い越されつつはありますが、見た目はバランスが良いのでしょう。
レッドさんも、専用の椅子まで用意されての列席です。私とレッドさんの隣にはなんとアライさん。その向こうにリシャーフさんが最賓客として王族の卓に着きます。まぁ赤竜教のトップですからね。…席位置にいろいろ苦労が忍ばれます。
皆が席に着いた後、ネタリア外相が各卓の賓客紹介をします。まぁ座ったまま会釈する程度ですが。
「本日はまた正式な国交はまだ無いが、ラクーンのアライ殿も客人格として招かせて戴いております。奇抜なお姿をされているが、小竜神様と赤竜神の巫女様が人と同等と認められております」
『ヒャー。らくーんのあらいともうします。よろしくおねかいいたします』
と、打ち合わせ通りアライさんが挨拶します。そこかしこから「しゃべったーっ!」と驚く声が小声で聞こえてきます。
本来は挨拶は要らないところなのですが、喋れるよというアピールです。
まぁクリスティーナ様と会話しているところは皆がすでに目撃しているので。ただの動物と思うような人は少ないと思いますが。 …リシャーフさんの近くに着いているカラサーム大使がじっと見つめていますが。表情は読めませんね。
出されたコース料理は素晴らしいものでした。このコースという考え方も私が来てから広まったものですが。最上の状態でそれぞれの料理を饗する合理性はすぐさま料理界にも広まってます。ただまぁまだ厳密な品種や順番は試行錯誤中ですけどね。
最初は、あのアム・サンゼ・ロー"皿洗い要らずのスープに、例の高級小麦を使ったパンも出ます。ここでスープとパンでお腹いっぱいになってしまう人が出そう。料理を説明する料理長が注意を促しています。
続いて魚料理と牛肉料理の順番で出てきます。
「魚料理は、レイコ殿に合わせたと料理長が言ってましたよ」
とは、隣のクリステーナ様。
「それは楽しみですね。王宮の料理長の腕はすごいですから」
王都は内陸ってほどではないですが、新鮮な海の魚はかなり貴重です。そろそろ汗ばむ季節、煮る焼くにしても、早馬使って運ばないと王都につく頃には傷みましたからね。
これもネイルコード謹製冷蔵冷凍庫と鉄道の効能ってことで、あえて魚料理を混ぜてきたのでしょう。
出てきたのは、ブリっぽい魚の切り身を…照り焼きですかね?この味付けは。美麗な皿に盛り付けられたブリの照り焼き、ちょっとシュールな感じもしますが、隣に小盛の炊き込みご飯まで添えられています。
分かっていますね、料理長。魚に米は鉄板です。カトラリーで戴きますが、ここだけ和食って感じです。
「魚を甘めに味付けするってのも斬新ですね。おいしいです」
「このお米も合いますよ」
クリステーナ様はお気に召したようです。
そういえば、地球でもテリヤキ味は海外で人気でしたね。まさかあの味でハンバーガーになるとは思ってなかった…はお父さんの言。
ファルリード亭でも出している味ですが。材料も時間もかけたものが使われているようで。うん、ちょっと悔しいけど、これは店では再現は難しいかな?
牛肉はシンプルにステーキです。こちらはテオーガル領の酪農場産ですね。春に冷蔵庫馬車で王宮に運ばれ、さらに王宮の冷蔵庫で熟成させていたお肉だそうです。
肉は赤身で脂分は少なめですが、かかっているソースにはチーズの風味で、コクのバランスを取っています。これはガツンとくるボリュームですね。スープとパンを我慢した価値があります。
ネイルコードより北の国はあまりないので。熟成させた肉を食べる機会は他の国ではほとんど無いでしょう、強めのカクテルを飲みながら恍惚としている客もいますね。
デザートには小さめのプリンアラモード。さすがにフルサイズではデザートには多すぎますからね。
プリンと生クリームと小さく切ったフルーツ、さらに冷凍庫必須のアイスクリームで飾った、女性にはたまらない一品です。うっとりしなから食べているご婦人達がちらほら。
レッドさんはいつもの銀のカトラリーを使って食べていますが。周囲から結構視線を集めていますね。本人は特に意に介せず、食事を楽しんでいます。
小さい食器に小さいカトラリーで行儀良く食事する小竜神。威厳も何も無いですが、微笑ましく見ている人がいます。
ちなみに、銀狼セレブロさん一家と白狼バール君は、別室でテオーガル産の良いお肉を戴いているはずです。まぁさすがに晩餐の席で生肉をがつ食いはさせられません。
「ケルちゃんたちの食事ですが。お世話を買って出る侍女が大勢でてきて、ちょっとした騒ぎになっていたんですよ」
クリスティーナ様曰く、ケルちゃんは王宮のアイドルと化しているそうで。なるほどそれが五頭も揃えばモフモフ天国ですね。
和やかに進む晩餐会。…とは言え、この後のカラサーム殿との会合を考えると。アライさんのことが心配で、心底楽しむという感じには慣れませんでした。
当のカラサーム殿は、リシャーフさんの近くですました顔で料理楽しんでますよ。ぐぬぬぬ。
晩餐の後は、再度ホールに移動して、お酒に軽食やお菓子が用意された場での歓談です。立ち話でも、ソファーに座っても自由な形で。
余興として、レッドさんが将棋やリバーシの対戦相手をしてくれる卓が用意されています。ファルリード亭でも使っていた真ん中に一段下がったところがある丸い机。ただし一回り大きめで、同時に八人と対戦できます。
対戦相手の前には、1から5までの数字が書かれた木札が立っています。レッドさんの対戦難易度設定だそうです。
将棋やリバーシは娯楽として大陸の西の方にも広まりつつあります。奉納は正教国で管理するという建前ですが、ぶっちゃけ模倣も簡単ですので、利用料は早々に無しにしてしまいました。それでも、簡易なものから装飾が立派な高価なものまで、職人さん達にはけっこうの量の仕事になっているようです。
対戦を後ろから見物する観戦者で結構な人だかりです。差し手を指示してはいけないという注意がなされます。
…腕に覚えがある人は、最高難易度5でトライしていますが。高難易度ほど早々に決着が付いて、待っている人と交代しているようです。能力全開レッドさんにはそうそう勝てませんよ? 待ち時間ほとんど無いですからね。
やりこむ人が出るほどには流行ってまして、なんと難易度4で勝てる人がちらほら出て、誇らしげにしています。数字札は、そのままレッドさん対戦証明書として贈られますので、お国に帰ってから自慢してください。4でも大したもんですよ…私は勝てないですから。
ホールの端の方ではありますが。満腹になったセレブロさん一家とバール君がゴロゴロしてます。
相棒たるクリスティーナ様やマーリアちゃんにクラウヤート様も、保護者として付き添ってます。シュバール様はさすがにちょっとお眠で、ターナンシュ様…ではなくアイズン伯爵と一緒です。パリトゥエール様も一緒で、伯爵の目尻はさっきから下がりっぱなしですね。あのアイズン伯爵と気がつかない人もいるみたいです。
「クリスティーナ殿下。ネイルコードの吉日とならん今の日、ご尊顔を拝する機会を得たことに赤竜神への感謝を…」
親と一緒に招かれたらしい子供らもいます。王族であるクリスティーナ様やカルタスト様に挨拶してこいと、親に言い含められているんでしょう。皆が緊張しているのが見て分かりますが。
緊張している理由の半分は、ケルちゃんです。後ろでゴロゴロしている牛ほどのサイズの巨大な狼が、姫に近づく人がいると動きを止めてチラ見してくるのです。
「ようこそいらっしゃいました。…うふふ、ケルベロスのこと、気になります?」
「ケルベロス…とおっしゃるのですか? その銀狼は」
「レイコ様の国の言葉で、地獄の番犬の名前だそうです。恐い名前ですよね。でも…」
と、転がっているケルちゃんの首元に顔を埋めてモフモフするクラウヤート様。なされるがままで目を細めるケルちゃん。
王女らしからぬその仕草に、びっくりしている子息令嬢達。
「皆様も、この仔に触ってみますか?」
「! よろしいのですか?」
「ケルは私の弟みたいな仔ですから。皆様とも仲良くして戴ければうれしいですわ」
てな感じで。最初はびびっていた招待客の子供達ですが。王女に薦められてそのモフモフを味わえばもう虜。セレブロさん一家大人気と相成っています。
セレブロさんの背中に乗って立ち上がってもらえれば結構な高さ。キャーキャーと喜ぶ子供、びびりながらもサポートに回らざるを得ない子息令嬢の侍従達。…女性の侍従達は一緒に撫でていますね。
ハルカちゃん達の相手を乳児のころからやっていた仔達ですから。ちょっと大変そうながらもうまく捌いています。
若い男性陣は、マーリアちゃんあたりにも声をかけてくるのですか。
女子供老人には猫箱組んで撫でられるままのセレブロさんが、若い男が来るとすっと横に座り直して、じっと見るわけです。
真っ白で巨大な狼(実はネコ科)ですからね。まぁ絵面はいまにも「黙れ小僧!」と言いそうなわけで。
万が一、マーリアちゃんを落としたとしても、もれなく後ろの銀狼が二頭付いてくるわけです。二の足を踏む男性も多そうですね。
セレブロさんに慣れているのは…バール君の主であるクラウヤート様くらいですかね? アピールチャンスですよ。
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順当な年明けとは行かなくなった世間ですが。
今年もよろしお願いいたします。
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