第8章第012話 晩餐会の準備

第8章第012話 晩餐会の準備


・Side:ツキシマ・レイコ


 セイホウ王国のカラサーム・ハルク・ビシャーラン大使が…アライさんを売ってくれなどと言ってきました。

 これがただのバカ貴族の申し出なら、断って場合によっては殴って終わりですが。どうも、他のラクーンにも心当たりがあるようで、その辺の情報を聞かざるを得なくなりました。王宮での晩餐の後に会談する予定です。


 カラサーム大使は、リシャーフさんらと一緒に王宮行きの馬車で行ってしまいましたが。

 ほら、子供達が心配してすがってきました。…せっかく列車に乗ってご機嫌だったのに…


 「レイコまま…」

 「アライまま、売らないよねっ?ねっ?」


 「心配しないで、そんなこと絶対にしないから。ただ、あの人はアライさんの仲間について知っていることがあるみたいだから。話は聞いてみる必要があると思うの」


 「ヒャー。ありかとうこさいますレイコさん。わたしもきになるのて、はなしをきくたけはしたいとおもいます」


 もし、他のラクーンが不当に捕らわれているなんてことだったら …救出のために最悪セイホウ王国と戦争ですかね?

 あ~でも、ネイルコードや正教国を巻き込むわけにも行かないし。小型の外洋船を作って個人で乗り込むとか?

 やっとネイルコード国内での問題は払拭されると思ってたところなのに。



 今日、アライさんが王宮の宴に招待されたのには、一つ目的がありまして。

 普段は"影"の人が未然に防いでくれてはいるのですが。一時、私やレッドさんを物理的にどうこうは出来ないことから、マーリアちゃん、セレブロさん達、それに加えてアライさんを狙う動きがあったんです。

 国内で閑職に回されている爵位だけは高い貴族とか。外国の商会とか貴族とか。東の田舎と思って来てみたらすごい勢いで発展している国で、そこで何かいいもの見つけた…くらいの気分なんでしょうけど。


 まぁマーリアちゃんとセレブロさんたちに手を出すのは無謀というものです。ほぼ間違いなく、戦争になる前に身の破滅です。

 アライさんは、二足歩行して喋るアライグマ…こちらにはアライグマは居ないようですが。そんなに強そうには見えない上に、レッドさん並に「今まで見たことの無い生き物」ですからね。手に入れたがっている動きがあったんですよ。


 普段はファルリード亭で働いていますから、一見のお客さんには物珍しい見世物感覚で見ている人が結構居たりしますが。こちらもその辺は分かっていますので、アライさんの給仕は常連さんばかりにしてもらっています。


 まぁそんなこともあって。王宮からの提案で、用心のためにアライさんのバックにどれだけの人が付いているかをお披露目してしまえって事になりました。主にクリステーナ様が動いてくれました。

 今日はユルガルムの方から辺境候一行と共にオルト君も来ていて、セレブロさん一家が久しぶりに勢揃いです。そこにレッドさんも一緒に混ぜて、このモフモフ達は、ネイルコード王室や小竜神や、不肖赤竜神の巫女である私と親交がある…と周知させるわけです。

 これでおいそれと手を出そうとする人は居なくなるでしょう。


 カラサーム大使。見た感じは誠実な人そうには見えました。リシャーフさん曰く、悪人では無いとのことですが。アライさんはすでに大切な家族です。…あそこでアライさん売れと言い出すなんてちょっと空気を読まない感が…。



 店では、タロウさんのご両親が出迎えてくれましたが。


 「ハルカっ!汽車はどうだったかい? ベールちゃんとウマニ君もよくきてくれたね。楽しかったかな?」


 子供達がアライさんべったりで、暗い雰囲気です。


 「…子供達はどうしたんだい? 汽車に乗れてもっと浮かれているものだと」


 「事情は追々お話しします」


 孫達が遊びに来てくれたのに。ちょっと拍子抜けのご両親です。そのままタロウさんの実家の方に馬車で移動です。



 「…私ね、もともとアライさんがラクーンの国に帰れるのなら、その手助けはしたいと思っていたのよ。遠い海の向こうとなると、なかなか大変だけど」


 「レイコまま…」


 皆とは仲良しですが。"人"ではないアライさんが、この人だけの社会でどのような気持ちを抱いているのかは、推し量れないところがあります。


 「アライまま、いなくなるのはいや…」


 「…ハルカ。ハルカだって、皆と離ればなれになって違う家に行かされたら、寂しいだろ? 例えその先の家で親切にされても」


 タロウさんが、語りかけます。


 「…うん。帰りたいと思うと思う」


 「いつか真剣に考えるべきだと思っていたけど。ハルカ、ベールちゃんにウマニ君。アライさんがずっとネイルコードにいるのが幸せなかどうかは、きちんと考えないといけないよ。もしアライさんがラクーンの国に帰りたいと言ったのなら、そのときは快く送り出してあげないといけない。もちろん、売っぱらうなんて論外だけどね」


 「タロウぱぱ…わかるけどわかんない」

 「あたしも」

 「ぼくも」


 アライさんはなにか考え込んでしまっています。


 「まぁレイコちゃんに任せておけば良いよ。もし帰ったとしても二度と会えないなんて事も無いだろうし。ネイルコードの船はどんどん進歩しているからな」


 新型の蒸気帆船はすでに完成していて。現在はボルト島の海軍基地をベースに近海でテスト中です。しかもなんと三隻。

 遠洋航海をするのなら、船団を組むことを考えて最低で三隻。この時代としては大型ですが、まだ千トン前後の船ですからね。無線手段が確立するまでは、一隻での航海はリスクが高いです。


 東方諸島セイホウ王国。ネイルコード王国からみて東方とは言え、帆走での直接の航海は壊血病が発生するほどの距離です。最近はイモと漬物で緩和されたのですが。それでも年に一往復が精一杯。

 別航路も無いことはないのですが、ネイルコードから見るとかなり遠回りです。いったん反対方向の西に向かい大陸沿いに南下。そこから東へ島伝い進み、後に北上。地球で言うと、日本からハワイに行くのに、いったんフィリピンに向かい、ニューギニアやポリネシアを経てそこから北上という感じですか。

 ネイルコードから直行に比べれば三倍くらいの距離になりますが、島間はぎりぎり壊血病は免れる距離だそうです。


 蒸気船が就航すれば、時間は半分以下。最近は冷蔵庫もありますので壊血病の問題も無し。往来も増えるでしょうね。

 …その辺の情報もあっての今回の大使の訪問かもしれません。




 「着いたわよ~ …って、子供達どうしたの?」

 「「「マーリアまま…」」」

 

 マーリアちゃんにセレブロさん達も馬車で到着しました。タロウさんの実家にて、王宮の宴に出るためのお着替えです。


 「…なるほどねぇ。セレブロさんたちを売れって持ちかけられたことは何度かあるけど。その類いとは違うのかな?」


 「リシャーフさんの仲介だから、一応話は聞いてみるつもりだけど」


 子供達をなだめてから、とりあえず登城の準備です。

 衣装協賛協力、ランドゥーク商会。アイリさんデザインのドレスですよ。準備には王都支店のスタッフが協力してくれます。

 私の服は、ここに来たときに来ていていた小学校の制服っぽい服をネイルコード風にいじったものです。大人のドレスは似合わないし。貴族用の子供用ひらひら系は実年齢的にちょっとね… 私は地味でいいのです。

 一方、マーリアちゃんのドレスは斬新ですね。

 漆黒のワンピースドレスに銀刺繍。ゴルゲットは銀に金の模様箔押しに赤いルビー。プラチナブロンドに赤い目とバランスが良いですね。

 背中がけっこう開いていますが。そこに白いレースの蝶が付けられていまして。まるで白い羽根を付けた天使です。

 しかもうっすらお化粧までしています。もう十五歳ですからね。

 白銀の髪と黒いドレスのコントラスト、紅眼とゴルゲットのルビー、地味なのに華麗、いや妖麗でしょうか。今までの貴族のドレスとは一線を画す、マーリアちゃんにしか似合わないようなデザインです。


 「…これはまたすごいことになってるね。アイリが子守で来られないのが残念だ」


 求婚が列をなしそう…ってより、ここまでくると綺麗すぎて逆に臆するかも。ちょっと人離れしている美しさです。



 ランドゥーク商会からは、ケーンさんとリマさんが王宮に招待されていますが。タロウさんは子供達とお留守番。

 セレブロさん達がいるので、馬車は二台に分乗です。


 「レイコまま、オルトによろしくね!」


 「明日、アイズン伯爵邸の方で会えるのに」


 子供達にもオルトに会わせたいので、アイズン伯爵にお願いしました。もともとユルガルム組はアイズン伯爵の王都邸に泊まる予定です。ユルガルム辺境候ですので王宮での宿泊を薦められたそうですが、断固反対したそうです、アイズン伯爵が。お孫さんが来るのですから当然ですね。


 「私、シュバール様に会うの初めてだから楽しみ! オルトが一緒に暮らしたいって言った子なんでしょ?」


 「お相手は辺境候の御嫡孫だから。不敬にならないように気をつけないとね」




 王宮のホールの入り口に馬車が付けられ。会場に案内されます。馬車から"のるっ"と出てくるセレブロさん達にびっくりする人もチラチラ。

 鉄道開通を記念して、国内の貴族に、各国の大使やら賓客を招待しての王宮晩餐会です。

 晩餐とは言え。夕方にはもう人が集まり始め。飲み物とお菓子が饗されている会場で歓談しています。

 これもまた、外交のお仕事なんでしょうね。


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今年最後の投稿となります。

2024には一区切り付けたいなぁ…と思っております。


それでは良いお年を。

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