第8章第015話 晩餐会が終わりました

第8章第015話 晩餐会が終わりました


・Side:ツキシマ・レイコ


 「リシャーフさん、そういえば正教国とセイホウ王国ってどういう関係なんですか?」


 「そうね。千年前、東の大海の向こうにある大陸にあった帝国が、魔女によって滅んだ…って話はご存じですか?」


 「帝国の魔女の話ですね」


 聞いていたカラサームさんの眉間にちょっと皺が寄ります。


 「セイホウ王国は当時、帝国の一領だったのですが。その大陸での滅びからは辛うじて免れて、一国として成ることになります。その後に発見されたセイホウ王国の西に位置する大陸、つまり私たちが今住んでいる大陸ですね、こちらへの植民が行われることになったのです。当時のこの大陸は、北大陸からの魔獣が闊歩するようなところで。大変苦労して国を開いていった訳なのです。その最初の植民地が今の正教国ですね。セイホウ王国は、かつての宗主国となります」


 「赤竜教もセイホウ王国から?」


 「いえ。レイコ殿もご存じの通り、赤竜神はこちらの大陸に住まわれていたわけですから。入植当初、魔獣に苦労していた人々の前に赤竜神が降り立ち、マナ術を伝授した…という言い伝えがありますね。東の大陸でも赤竜神の目撃例はあって神格化はされていたようですが、宗教として成立したのはこの大陸に人が済むようになってからと言われています」


 「なんか曖昧ですね」


 「うふふ。移住が始まったのが六百年前と言われていますので。私もいろいろ勉強しましたけど、どうにも当時の記録というのが、布教に都合が良いようにかなり脚色されていましてね。初代聖女が赤竜神の背に乗って、マナ術で魔獣の群をなぎ払ったという言い伝えも…」


 「それはレイコ殿のレイコバスターみたいなものか?」


 とカステラード殿下。


 「あまり詳しい描写は残っていないのですが。あのマナ術…と言っていいのかは分かりませんが。レイコバスターはレイコ殿以外にも使えるものなのですか?」


 「さすがに全身がマナで出来ていないと無理だと思います。ですので使えるとなると、赤井さん…赤竜神か、レッドさんくらいですね。彼らが使ったところは見たこと無いですけど。その話、聖女では無く赤竜神が撃ったと考えれば、辻褄は合いますね」


 赤井さんは、私と同じマナの塊ですからね。それこそ私より際限なく強力なのを撃てると思います。

 ですから。聖女の伝説にしても、撃ったのは赤竜神の方だとは思いますが。


 「…古文書をもう一度精査する必要がありそうですね。荒唐無稽だと思っていた記述が実は真実を描写したものである可能性が…」


 「あの…赤竜教のトップが荒唐無稽なんて行っていいんですか?」


 「大きな声では言えないですけどね。人は食べなければ飢えますし、お金が無ければ生活もままなりません。行政からは一歩引いた身だとしても、地に足が着いた思考が出来なければ組織のトップなんて出来ません。奇跡になんて頼っていられませんよ」


 「ふふふ…さすが今代の聖女様だ。肝が据わっておられる」


 カステラード殿下がリシャーフさんに感心しています。


 「ともかく。子供達には心配しなくて良いと伝えることができることが分かって良かったです。アライさんは何か聞きたいことはある?」


 話しについて行けない風を装っていますが。アライさんけっこう頭良いです。ただ、あまり会話に食い込んでこないだけで。


 「ヒャァ…わたしをせったいにつれてかえるというはなしてはないのてすね?」


 「はい。事ここに至っては強制する意味も無いでしょう。ただ、あなたにもご家族が向こうにおられるのでは?」


 「ヒャウ…ふぁるりーとていのひとたちも、もうかそくてす。…えらふのはたいへんてす」




 とにかくここは考える時間を…ということで。リシャーフさんが王都での用事を終えてエイゼル市に寄ったときでも、再度会うことにしました。


 ホールに戻ると。セレブロさんの周りがプレイゾーンになっていました。

 セレブロさん達のモフモフの虜となった子息令嬢達に取り込まれています。銀狼四頭に白狼一頭。貴族なのにカーペットの上に直座りしている子もいますけど、いいんですかね?

 のかったったり、首筋に顔スリスリしたり、尻尾をなで回したり。こういうことには忍耐力のあるのがセレブロさんファミリー、良い感じにあしらっています。

 あ…男の子が一人、フェンに抱きかかえられました。きゃっきゃ喜んでますけど、侍従さんは真っ青ですよ。


 私たちに気がついたクリスティーナ様が、アライさんをハグで迎えます。マーリアちゃんも寄ってきました。


 「セイホウ王国の大使との話しはいかがでしたか?」


 「ヒャー。こしんはいおかけしました。わるいはなしてはなかたてす」


 アライさんと中座した理由は、クリスティーナ様にも伝えてあります。


 「いろいろと情報がありましたけど。アライさんをどうこうしようって話ではなかったのでご安心を」


 「そうよかったわ…」


 詳しい話は、明日、アイズン伯爵の王都邸の方にユルガルム組とセレブロさん一家が集まるので。クリスティーナ様もご招待されています。


 マーリアちゃんは、セレブロさんたちから目を離しません。子供達慣れている仔達とはいえ、じゃれついているつもりで怪我をさせかねないですからね。ただ、アライさんの報告を聞いてほっとしたようです。



 ただまぁ。これだけ人に懐いているセレブロさんたちを見れば、当然「銀狼を飼いたいなぁ…」という子も出てくるわけで。ねだられた親がマーリアちゃんに「どこで捕まえられるのか?」的な質問をしてくるのも必然です。


 「無理だ」「危険だ」と言っても、納得しない人も多く。マーリアちゃんは、まとめて説明する気になったようです。


 「皆様にお伝えしておかないといけないことがあります。この仔達を見て自分も飼いたいと思われた方も多いでしょう。しかし銀狼は本来、大陸中央の山地に住む猛獣です。

 銀狼は普段は山から出てきませんが。この子セレブロの親は山裾の人里近くに現れて。どちらが先に手を出したかはともかく現地の衛兵らと争いになり。正教国の騎士団にまで被害が出る状況になりました。…そこに私が派遣され、この仔の親らを殺したのは私です… そこで見つけた当時まだ幼獣だったこの仔を、私は育てることにしました。」


 セレブロさんの親も、セレブロさんを育てるためにやむにやまれず人里近くまで出てきたのでしょう。


 「この仔もセレブロの仔供達も、小さい頃から人と一緒に暮らしているからこそ信頼関係が築かれています。もし山で大人の銀狼を捉えてきても、まず人には慣れませんし。もし幼獣を手に入れようとするのなら、親を殺す必要があるでしょう」


 大人の銀狼を倒すのは、相当に難儀すると思いますし。親を殺してまで仔を手に入れたいのか?という話になります。


 「クラウヤート様の白狼バールの場合でも、巨大な白蛇を退治する過程で怪我をして歩けなくなったこの仔を、親狼がクラウヤート様を信頼して託したから今があります。この場合も、大人の白狼を捉えてどうなる物では無いことはご留意ください」


 「しかし…そんなにおとなしい動物なら我々でも…」


 子供達とじゃれているセレブロさん達を見るに。まぁ肉食獣だという認識はあっても、そんなに恐いとは思っていない人がほとんどな様です。


 「…セレブロ。威嚇お願い」


 子供達が怪我をしないように、気を使いながらそっと立ち上がって。

 一呼吸して。前足を広げて。頭を低くして。踏ん張るように。そして


 ガルルルルルルッッ!!


 牛より大きな獣が、鼻筋に皺を寄せ、牙をむき出しにして、唸ります。すごい迫力です。

 フェン、オルト、ケルは、本気でないということは理解しているので動じませんが。会場にいる貴族賓客達どころか、警備の護衛騎士や侍従たちも、その迫力の前に固まります。


 「もう良いよ。ありがとセレブロ」


 と、マーリアちゃんがセレブロさんの鼻筋を撫でると、威嚇を解いて香箱座りに戻りました。近くにいてびっくりしている子供に鼻すりすりしています。泣き出す子がいないのは、固まっているからですね。


 「魔獣に関わらず、野生の動物というのは基本的に恐ろしいものなのです。本気になった銀狼に対抗することが困難なことは、この子を見れば分かると思います。当然ですが、意に反して連れ去ることは困難です。中隊程度の人数の兵士では、全滅するでしょうね」


 マナ術を使える貴族は、自分で捕まえに行きますかね? 結果はろくな事にならないでしょうが。


 「飼えるのは、犬や猫の様に社会の中で暮らせるように選別されていた生き物か、檻に入れて出さずに管理できる生き物だけです。安易に野生動物を飼おうとすることは、考えられぬようお願いいたします」


 カテーシーで締めたマーリアちゃんでした。


 ということで。アライさんも含めたモフモフ啓発晩餐会は終了しました。

 …鉄道開通記念だったはずですけどね。


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