第7章第014話 ユルガルムへの道中

第7章第014話 ユルガルムへの道中


・Side:ツキシマ・レイコ


 "波"対処応援のための先発隊はタシニの岩山の谷を越えて、テオーガル領都でのニプール伯爵の歓待もほどほどにユルガルム領へ急ぎます。

 道中のニプール伯爵には、宴会と言うほどではありませんでしたが、一泊の間に歓待していただきました。


 「せっかくカステラード殿下にご訪問いただいたのに、簡単な宴席のみで誠に申し訳ない」


 「いや、今回は物見遊山ではないからな。それに十分な席を用意していただき、感謝している」


 王族の訪問ともなれば、本来はもっと大事なのでしょうが。

 事が事ですからね。夕方に到着しても、次の朝にはもう出発です。


 「レイコ殿にも、またいろいろとご指導願いたかったのだが… 事態が"波"なだけに致し方ないな。残念だ」


 「いえいえ。今日の料理も大変美味しかったですし。私なんかに教えるられる事なんて、もうそうそう残っていないですよ。皆さん凄いです」


 「ククーク、クーッ!」


 「レッドさんはこのグラタンがお気に入りだそうです」


 レッドさんに合わせた半分くらいのグラタン皿まで用意してくれています。

 テオーガルの特産となりつつあるチーズには種類が増えています。すぐに食べるためのプレーンに近い物から、乾燥させて長持ち優先だけど削ってトッピングにするとトロトロな物とか。

 ここの乳製品はさらに進化していますね。帰りにでもまた改めてじっくり吟味したいと思います。ぜひお土産に。


 「はっはっは、光栄ですな小竜神様。そう言っていただけると自信が湧きますな。うむ、今度はなにかレイコ殿を驚かせるようなものを用意したいものです」


 「はい。楽しみにしていますね」


 いろいろ研鑽されたメニュー、大変美味しゅうございました。夕食に出てきたネイルコード風イタリアンメニューの数々、さらに完成度が高くなっていました。

 王宮でも思いましたが。やはりプロの料理人は凄いです。素材の扱いが的確というか、舌が鋭いというか、私のように知識だけでは追いつけない分野です。まぁファルリード亭のカヤンさんでも思い知っていましたけどね。

 …お酒が飲めないのがほんと残念です。食前酒も貰えないんですよ、この見た成りでは。アイズン伯爵とカステラード殿下はちびちび飲んでいますけどね。くぅ~っ!


 「二プール伯、鉄道の為の土地の確保は順調か?」


 「まぁ、街の間の区間は特に誰かが使っている土地ではないからな。縄張りは終えて、農閑期の農村から人を出してもらって樹木伐採を始めたところじゃよ、アイズン伯」


 テオーガルの二プール伯爵は、アイズン伯爵の昔からの友人でしたね。

 ダーコラとの国境の工事の帰りに、たまにこちらまで足を伸ばしていまして、鉄道や観光地開発に関する話はいろいろしています。 アイズン市からユルガルム領まで鉄道を引くときには、ここも中継点になります。水の補給にメンテナンスの拠点でもある車両基地が計画されています。

 テオーガル領は丘陵地が多い土地なので大規模な穀倉地帯とはなりませんが。現在は牧畜や酒造に注力しています。酒と一緒に燻製肉にチーズやバターなんかも売り出していて、これが大人気。今は規模の拡充に忙しいんだそうです。酒造にはエイゼル市からの投資も入っていますよ。


 「さすがに領都の街の中を通すのは無理じゃからの、東側郊外に通すつもりだが。鉄道を考えた街道の延伸と再配置とか、いろいろ考えることが多いの」


 「街がどのように発展していくのか、それを考えながら計画するのがまた面白いんだろうか。その"駅"を中心にまた街が広がっていくからな。それを考えつつ街道をおいていかなければならん」


 やっぱりアイズン伯爵はリアルシムシティーを楽しんでますね。

 ここからちょっと西の方の山地には温泉が湧きます。鉄道が通れば、王都やアイズン市からも人々が気軽に来れるようになりますから。将来は観光産業にも力を入れてほしいものですということで。駅と温泉を繋ぐ街道、必須です。温泉に冬のレジャーにグルメ。絶対良いところになりそうなんですよね。

 ちなみに、スキーはすでにユルガルムにありました。行軍のための装備ですが、そのままレジャースポーツとして普及させたいものです。


 「まだ街がでかくなるのか…もうわしの才覚に収まらなくなってきているんじゃが…」


 「卿の嫡男のロメオはエイゼル帰りじゃろ。孫も学んでいる最中だし。もっと後身に裁量を与えるんじゃな」


 アイズン伯経済圏でもいいますか。もちろん、表向きは王都主導ではあります。

 徴税権と開発権という自治権の大幅譲渡の引き換えに、これらを国が主導するというシステムです。アイズン伯爵曰く、得意なことは得意な土地でやればいいというだけのことではありますが。

 昔なら、内政干渉みたいに嫌われるところですが。産業の効率化と育成、街道整備、領民の医療や教育など、従来とは比較にならないほどの効果が出ています。大抵の領では最初の五年で倍ほどに成長します。税率を王都やエイゼル市の水準まで下げたとしても増収が見込めます。

 治安維持は領主の責任となりますが、この辺のノウハウと指導も王政側から入ります。

 王都、エイゼル領、ユルガルム領、これらが纏まって発展していくのを知るに、他にも参加を希望する領主が増え。一昨年、バッセンベル領がネイルコードに完全に恭順したため、この政策はほぼ全土にて施行されることになりました。


 こうなってくると、貴族の次代に求められるは、武勇よりは文官の能力。貴族向け学校での教育と領政の実務経験のために、子や孫を王都やエイゼル市に"留学"させる貴族が大変増えたそうです。

 わざわざ多量に出向いて文官の教育、不満を持つ貴族がいないわけではありませんでしたが。もともとクライスファー陛下もエイゼル市で文官やっていましたしね。文句を言える人はいません。


 「…まぁ鉄道が開通するまでは頑張りたいの。終わったら、余生は温泉街で酒蔵でも見ながらのんびりするよ」


 「ふはは。わしも招待しとくれ。ここの酒は美味い」


 互いのグラスを軽くぶつける二人。明日も早いですよ、余り深酒はしないで下さいね。




 ユルガルムへの旅程としてはキャラバンと同様ですが。今回は歩行での随伴がおらず、護衛や騎士達も皆が騎乗していますので、けっこうな速度です。

 休憩ポイントで、同行している若い騎士が護衛業のベテランと話をしています。

 と思ったら、お相手は横モヒカン達ですね。…覇王様たち、馬乗れたんですね。まぁ覇王様といったら馬ですが。


 「ヒャッハー! 魔獣に限らず狼とか山猫の類いはな、まず首を狙ってくるっ! 急所を狙うのは対人戦も同じだろうが、やつらは首を切るのでは無く首の骨を折りに来るんだ。首の骨の間に牙を突き立てたり、首を咥えて怪力でぶん回して折るわけだなっ!」


 「貴殿の鎧の襟周りのとげとげはそれを防ぐためなんですね」


 「俺、ただの威嚇の飾りだと思ってた」


 「ヒャハハッ! 相手に大きく見せる、威嚇する、ついでに急所の防御だなっ! この格好にはきちんと理屈あるんだぜっ!」


 だからモヒカンが横向きについているんですね。

 にしても、大の大人の首を狙ってくる狼にヤマネコですか。マーリアちゃんのセレブロさんは特殊な個体かと思っていましたが。ふつうにそこまででかいのがいるってことですね。いつぞやのボアや白蛇もでかかったですが。


 「ヒャハハッ! こうやって大きな声を出すのも、護衛対象から注意を逸らし、なおかつこちらを警戒させるって意味もあるんだぜっ! こちらのテンションが高ければ、向こうもビビるってもんだっ」


 …って、若いと言っても騎士の方にその話し方は良いんですかね? 皆さんあまり気にしていないようですけど。


 「やつらが首の次に狙ってくるのは手足だな。引きずり倒して首を狙うためだっ!」


 「なるほど。だから腕甲と脛甲にも棘がついているか」


 「大して尖っていないが、たしかに全力で噛み付くのは躊躇うところだろうな」


 スパイクは軽量化のために木製のものを貼り付けているそうです。人にぶつかったくらいで刺さったりしいたら大変ですからね。

 それでも全力で噛み付けば、口の中でかなり痛いと思います。


 「ヒャッハー! 接敵するとともかく噛み付いてこようとするからな。動物は剣で間合いを計るなんて事はしないから、牽制のしかたも人とは違う。あいつらの突進をいかに防ぐかが対魔獣や獣相手の戦闘のキモだっ。接近される前に弓とかで倒せれば良いんだが、走っている相手に当てるのもなかなか難しいし、やつらの頭は思いのほか固い」


 「ヒャッハー! 猪を弓矢で仕留めるのは大変だぜっ! 腹に刺さればそのうち死ぬだろうが、動けなくなるまで散々暴れ回るぞっ!」


 頭蓋骨は堅いので、即死させるには心臓か首を狙うというのは、よく聞きますね。


 「そして最悪を考えたのがこれだ」


 もう一人の縦モヒカンさんが左腕を突き出します。


 「ここは鉄で補強されていて、噛み付かれても多少は持つ。もっともそのままだと腕毎引きちぎられることもあるからな。そこでこれだ」


 胸当てに付けているホルダーからダガーを逆手で抜きます。


 「左手に取り付いた獣の首をこれで突くわけだっ!。両脚は逃げるのに必要だっ! 右手も反撃のための武器を持つからな。首は言うに及ばす。残るは左腕を差し出すという覚悟だな。まぁかくいう俺もそこまでになったことはまだ無いけどな、ギルド近くの酒場ではそういう武勇伝には事欠かないぜっ!」


 「…胸当てにナイフを付けている護衛業が多いと思いましたが。それにもきちんと理由があるんですね」


 「ヒャッハー! 胸のナイフは護衛業のシンボルでもあり、職務中は油断をしないという心構えでもあり、厄除けのお守りでもあるぜっ! もっとも今回の相手は蟻だからな。まず守るべきは脚で、盾を構えた集団で並んで槍で迎え撃つのが一番だろうぜっ」


 「なるほど。それで今回支給された武器がハルバートなんですね」


 「前衛が盾で押さえ、後ろからハルバートで叩く。蟻にはこれが一番か? …まぁそのへんは実戦で試すしか無いか」


 「小ユルガルムでの戦いの戦況詳報、もっと真剣に読んどくんだった…」


 魔獣の相手の経験がある騎士はそこそこいるようですが。大量の蟻はほとんどの人は初めてでしょう。即興の魔獣対策講習になっています。

 ハルバートは、斧と槍を合体させたような武器です。刺して良し、叩き切って良し。ただ、他の刃物と同じく刃を立ててたたき付けるにはそれなりに練習が必要です。

 今いるのは精鋭の騎士ですからね。その辺の訓練も受けているようですが。


 「小ユルガルムでのときは、残念ながら俺たちはそこにはいなかったけどな。ただ素材として大量に確保されているから、現地に着いたら講義されると思うぞっ。蟻に食いつかれたら、顎をどうこうしようとする前に顎の付け根の関節の隙間を口の中側から刺せっ! そこならナイフも楽に通るし、中の筋を切れば顎も外れるぞっ!」


 そういえば覇王様達は、あのときは白蛇の確保の方に動いていましたので。小ユルガルムの防衛戦には参加していませんでしたが。ユルガルムに戻ったときに集められた蟻は自発的に検分していそうですね。そういう情報収集には余念がない人達です。

 覇王様と目が合うと、ぴらぴらと手を振ってくれます。護衛の枠を超えて頼りになります。


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