第7章第013話 再度ユルガルムへ

第7章第013話 再度ユルガルムへ


・Side:ツキシマ・レイコ


 北極大陸(仮称)からユルガルムへやってくる蟻軍団を迎撃すべく、ネイルコード国軍側の準備も整いつつあります。

 …北極大陸が仮称なのは、本当に大陸なのか島程度なのか探査がほとんどされておらず判断が付かないからです。極点まではまだ何千キロもあるようですしね。下手すると北海道程度の島を北極大陸と言っている可能性も十分あります。

 赤井さんは当然知っているでしょうし、レッドさんも知識は持っていると思いますが。その辺はこの星の人間が自分で探検すべし…という主旨のようで私には教えてくれません。ただ、寒冷地にも関わらず魔獣が多数いると言うことで、奥に何かがあるとは訝しんではいますけどね。


 冬のユルガルムは、海岸線が流氷で覆われるくらいの北の地ですが。海上をさらに北に進むと陸地があり、船から見える範囲では針葉樹の樹林が広がっているというところまでは分かっています。上陸した探検隊は、早速魔獣と遭遇して夜営もそこそこに船に退避したそうです。

 上陸は危険と言うことで、船から沿岸部を観察するのが精一杯。奥地がどうなっているかは全くの不明です。

 この北の海が内海なのか、他の大洋と繋がっているのかも不明ですが。ユルガルムの北東に北へ続く陸峡があり、そこから魔獣がやってくるらしいというところまでは分かっていますので。この内海の東は塞がっているとみて良いでしょう。


 ユルガルムの西、エルセニム国の北側にも、北極大陸から魔獣の侵入ルートがあるのでは?と思われていますが。幸いそちからの魔獣の数は少なめなので。繋がってはおらずに狭い海峡程度なのかもしれないとは言われています。

 いつかエイゼル市で建造しているクラスの船をここでも作って探検させる必要があるかも…ですね。



 さて。私やアイズン伯爵ら、エイゼル市組のユルガルムへの出発は3日後と決まりました。

 もっと拙速にすることはやって出来ないことではありませんが。蟻の侵攻にはまだ時間的に余裕があるのと、ユルガルムへの連絡自体はレッドさんが先に済ませてくれますので、無理はしないことになりました。


 護衛ギルドの方も慌ただしくなります。護衛業の人に対して徴兵とかがあるわけではありませんが。彼らは対魔獣の専門家でもありますしね、貴族街にあるユルガルム領館の職員が護衛ギルドに詰めて、ユルガルム領の防衛や兵站に参加する護衛業の人達を集めています。

 この辺は魔獣の大量襲撃である"波"が発生したときのマニュアル業務だそうです。まずは物資輸送の護衛として参加して、向こうに到着し次第、ユルガルムの護衛ギルドで戦力として編制されます。

 とはいっても、ユルガルム領にも兵力はありますので。護衛ギルトの役目は、正面きっての対峙というよりは、斥候や周辺地域の哨戒が主な任務だそうです。


 私も書類上は護衛ギルドのお仕事としてユルガルムに行きます。


 「レイコ殿が出られるということで、参加希望者が増えていますな。現地での危険性が下がったと見られるのもありますが、赤竜神の巫女様の活躍を近くで見られるんじゃないかと、皆さん期待されていますよ」


 「私が大暴れなんて事態になったら、それこそ大事なんじゃないですか?」


 …レイコ・バスターに期待しているのかな? 花火打ち上げるんじゃないんだけど。


 「ははは。まぁそうなんですけどね」

 

 とはユルガルム領館の職員の談。この人もなんか楽観していますね。うーん。まぁいいですけどね。


 マルタリクの方も慌ただしいです。武具や馬車のメンテもですが。蒸留施設を使った消毒薬としてのアルコールの生産を急遽拡大、出来た側からユルガルムに輸送する手筈を整えています。そこまで薬が必要とされる事態は御免ですが、まぁ作りすぎても使い道はありますからね。飲んじゃ駄目ですよ?


 兵糧に関しては、ユルガルムの備蓄に今のところ不足は無いそうですが、塩等は追加で輸送するそうです。…クレーターに籠城も考えていますか?

 ランドゥーク商会も、衣服や着替えもですが、包帯などの衛生用品の在庫を放出するそうで。タロウさんが忙しそうですね。



 ユルガルム領には、アイズン伯爵の娘であるターナンシュ様が嫁いでいますし。孫のシュバール様、さらに当のターナンシュ様は御懐妊中。アイズン伯爵曰く、今回の"波"の驚異度が不明である以上一旦避難させたいとのことでしたが。妊婦に無理させるのはどうかというのと、私が参加することで危険性が下がったという事で、ユルガルム城に留めることになりました。


 これまた予定に変更があったのがマーリアちゃん。マーリアちゃんも最初はユルガルムに行く気満々だったのですが。


 「エルセニム国の方にも"波"が来るということは無いのかな?」


 というエカテリンさんの指摘にハッとしまして。今のところエルセニム国の方からは特に報告はないそうですが、ユルガルムの蟻にしてもたまたまレッドさんが先んじて見つけただけです。

 丁度明日出航予定のダーコラ国の港バトゥー行きの船があったので、マーリアちゃんは警告書を携えてセレブロさんと共にそちらに行くことになりました。


 「…なんかレイコのことが心配なんだけど… また無茶しないようにね」


 「もうマーリアちゃん、またってなに? またって」


 「まぁレイコの身になにかあるとは心配していないけどね… でもなんかきつそうなことがあったら、周りの大人に相談しなさいな」


 「そんな深刻な事態にならないことを祈ってます、はい」


 私、中身は一応大人なんですけど、心配されちゃいましたね。マーリアちゃん、ほんとお姉ちゃんポジションです。

 アイリさんは当然お留守番。クラウヤート様はユルガルム組ですので、マーリアちゃん離脱は残念でしたね。…バール君もか。




 出発当日です。

 エイゼル市からは、通常キャラバン+ユルガルム領への援助物資+アイズン伯爵家御一行。

 王都からのネイルコード国軍先遣隊とは、トクマクの街で合流です。なんとカステラード殿下自ら出陣。

 道中がてら打ち合わせということで、私とアイズン伯爵が乗っている馬車に乗り込んできました。


 「波って第二王子が出てくるような案件なんですか? こういうのは初めてではないと聞いてますけど。アーメリア様に付いていてあげなくて良いんですか?」


 「…あのなぁ。"赤竜神の巫女様"が国難に対して出撃するのに、この国の王族が知らんぷり出来るわけないだろ?」


 「あ…なんかごめんなさい…」


 身重な奥さんほっといて何してるんですか? と思ったけど。私のせいですか?

 …まぁ、なるはやで頑張ります。




 今日は晴れ。この辺では雪はあまり降りません。冬麦の植えられている畑には、まだ緑がまばらですが。北の方で剣呑な事態が起きているようには思えない穏やかな風景ですね。

 カステラード殿下と事前に出来る打ち合わせと情報交換が終わって。次の休憩地までのんびりという状態です。


 「…この馬車、なんか乗り心地がいいな」


 「あ、気づかれました? 殿下」


 カステラード殿下、目ざといですね。マルタリク謹製、改良型サスペンション付馬車です。

 単純な板バネの馬車は今までも試作されていたのですが。乗り心地を良くしようとバネを緩くするといつまでも揺れ続け、左右の揺れが横転するのではというほど大きくなり。逆にバネを堅くすると今までと大差ないと。いろいろ問題が出ていたのですが。

 板バネを複数枚重ねることで板の間の摩擦で揺れを減衰、いわゆるダンパーの効果を持たせ。左右のサスペンションをΩ型の金属棒で繋げることで、車で言うところのスタビライザーの役目を持たせました。この左右に連結されたΩ型の棒がねじれることで、左右方向の揺れを押さえます。

 舗装されていない街道での長時間の馬車移動は結構過酷なのですが。普段からされている街道整備も合わせて、やっと人心地つける馬車が出来ました。

 ちょっとドヤ顔の伯爵が説明してくれます。


 「この馬車はまだ試作品ですからの。予備部品や修理できる職人まで同行させているくらいでして。耐久性の確認とか整備頻度の調査等が整ったら、王室の方にも納められると思います。今回は体の良い試験ですな」


 とは言う伯爵も、進捗の報告を受けているだけで、この馬車は今日乗るのが初めてです。

 サスペンションの板バネがどこまで持つのか、割れたときにはどう応急修理するのか。今回はそのへんの実地訓練も兼ねています。


 「ふむ。休憩の時にでも詳しく見せていただこう」


 バネが割れてもひっくり返ったりしないような構造にはしてありますが。休憩毎に問題がないかのチェックがされます。

 道路サービスなんてものは無いですからね。故障したとしても、近くの村までは移動できるだけの応急修理は出来るようにしておく必要があります。

 流石に馬車一台ずつに予備タイヤとかみたいには行きませんが。どのキャラバンでも予備の車輪や車軸をいくつか積んでいるものです。交換を容易にするために、ネイルコードでは車輪や車軸のサイズは大中小の三つに規格化されているくらいです。


 「向こうに着いて予備部品に余裕があったら、職人達にはそれでユルガルムの馬車を改造させる予定じゃ。まずは身重なターナへの土産じゃな」


 乗り心地の良い馬車は、妊婦にはありがたいでしょう。

 ユルガルムなら自前で生産も出来るようになると思いますし、メンテの心配もないでしょう。


 「私も、アーメリアや母上にこの馬車を贈りたいな。量産できるようになったらぜひ」


 「承りました、殿下。…まぁ職人達が倒れない程度でですが」


 そこはほんと心配ですよ。


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