第6章第004話 アイリさんの結婚話

第6章第004話 アイリさんの結婚話


・Side:ツキシマ・レイコ


 自宅の建設とファルリード亭の拡張、銭湯の開設。とりあえずマルタリクの大工さんとの設計の話し合いも終わり、建築も始まりました。

 私は今、元ギルドの一階の会議室を臨時の宿として住まわせて貰っています。一人で使うには広い部屋なので、マーリアちゃんとセレブロさんとアライさんも一緒。 …夜寝るのが楽しみなんですよ、モフモフパラダイス。モーラちゃんも結構な頻度で混ざります。

 ちなみに、アライさんもファルリード亭で給仕として働き始めました。ファルリード亭の面々も最初はアライさんにびっくりしていましたが。モーラちゃんが早速仲良くなりました。

 まぁ、アライさんがいきなり注文されたものを持っていくと大抵の人はびっくりしてしまいますので。だいたい常連さん専門って感じでお願いしています。大人気ですよ、アライさん。女性によるハグは無料です。

 …ミオンさんの新しい子供なんて言い出す人も。 …まぁ悪気は無いと思いますけどね。




 「え? アイリさんの縁談?」


 ファルリード亭でウェイトレスをしていると、護衛のお仕事としてファルリード亭に詰めているエカテリンさんからなんか凄い話が入ってきました。


 「この国では、結婚する年齢ってどれくらいなの?」


 「うーん。早い娘は十五歳くらいで結婚してるけど。最近は二十歳過ぎで結婚するのも珍しくないかな。貴族なんかだと、それこそ赤ん坊のうちに婚約者が決まっているなんてのもよく聞く話よ」


 その社会で女性が働くようになると、結婚年齢は次第に遅くなるものなのですが。二十歳で珍しくないと言われると、なんかグサっとくるものがありますが。

 こちらの成人は十三歳ですが、さすがに一三歳で結婚には早いですね。貴族で赤ん坊の時に婚約ってのは、早いっちゃ早いですが、家同士の取り決めとなればそういうこともあるのでしょう。


 「で。アイリさんの縁談って?」


 「ジャック会頭のところにけっこう話が来ているらしいわよ。他の会頭の跡取りとか、子爵家男爵家あたりからとか。アイリは優良物件だからね。バッセンベル領から逃れてきた農民の子ってのは置いといても、今ではランドゥーク商会で確固たる地位に就いているし、レイコちゃんと懇意だし、美人だし胸でかいし… むしろいままでそういう話が無かったって方が不思議なくらいよ」


 エカテリンさん、詳しいですね。


 「ああ、傍目から見ればタロウさんがいつも側に居るからでしょうね。彼もランドゥーク商会の跡取りだし、今度新しく立ち上げる商会の会頭を任されるって話だし、すでにあちこちから縁談の話が入っていそうだけど?」


 ミオンさんも、寄ってきて食いついてきますね。こういう話が広がるのもは女性が集まれば当たり前の光景です。


 「どこで縁談の話を止めているのやら。いや本人が拒んでいるかな?」


 「…二人って仲は良いけど、恋人って感じでもないような?」


 出張?の時にも、何気に二人はセットで行動しているような気もしますが。仕事での付き合いって雰囲気の方が強いような気もしますね。


 「はっはっは。そりゃ、タロウがへたれだからさっ!」


 エカテリンさんが断言します。

 まぁ、タロウさんがアイリさんへ好意を持っているだろうことは見ていて分かりますけど。そもそも恋愛感情のそれなのか、押しの強さは今ひとつふたつって感じです。

 アイリさんからみてタロウさんは…まぁ憎しということは全くないと思いますが。恋愛対象として見ているか?というと…なんか姉だか妹だかわかんないですね。




 なんて話していると。噂のお二人が来店です。

 ランドゥーク商会からギルドの方へ仕事で寄った帰りだそうですが…


 「どうだろう?アイリ嬢。今度の休みにでも、貴族街のうちの屋敷にでも遊びに来ないかね? 私の両親も是非会ってみたいと言ってくれていてね…」


 「…六六出身の女なんか連れてったら、子爵家の恥になりますよ」


 「ははは。今は子爵家に世話になっているが、こう見えても王家に近しい血筋なんだ。私は準王族でも平民には寛容だからな。家に貢献できる人間ならスラム出身の人間でも心を広くして迎えるさ」


 なんか一人くっついています。お召し物はけっこう上物ですし。ゴルゲットは貴族…こちらは子爵家のものですね。子爵家に世話になっているだけで、当人は子爵となったわけでも将来成れるわけでもないようですが。

 本人はあの物言いでフレンドリーなつもりのようですが、すっごい失礼な言い方しているって自覚がないのでしょうか?

 六六街は、エイゼル市では最下層とは言われてはいますが。街並みは整っていて清掃もされており、飢えたり職にあぶれたりしている者はほとんど居ない、ダウンタウンというよりは日本で言うところの下町の雰囲気の所です。これをスラムと言ってしまう当たり、足を運んだこともなければアイズン伯爵の施政を理解もしていないのでしょう。

 アイリさんはアイズン伯爵の信奉者ですからね。ほら、露骨に眉をひそめています。


 「おお、これはこれは。黒髪の少女ということは、こちらが赤竜神の巫女様で在らせられますな! 私、アマランカ領の子爵家の嫡男、ラージュ・トラン・アーウィーと申します」


 あ…こっち見た…


 「…初めましてアーウィー様」


 一応挨拶はしておきます。


 「アーウィー様なんて他人行儀な。どうぞラージュとお気軽にお呼び下さい、赤竜神の巫女様」


 …お前、他人だろ? …と思ったら。


 「アイリ殿。…こちらの方は同行者とかランドゥーク商会の客人というわけでは無いのですね?」


 リフトさんが確認しています。食堂に交代で常駐している王国の影の人です。


 「えっと。 …あえて言えば今日初めてお会いするランドゥーク商会の方でのお客様…ですね。ただ、具体的な取引内容はまだ無いですけど、商会の方にいきなりやって来て…」


 商会に来たけど、実際に取引の存在する「客」ではないってことですね。


 眉をひそめるリフトさん。


 「ん~。なんだね?君は。子爵家の人間が話しているのだ。割って入るのは無礼だろ?」


 身分をひけらかしているつもりでしょうか、銀色のゴルゲットをぴらぴらとしていますが。

 いらっとしたリフトさんが、そのゴルゲットを掴んで引き寄せ、その子爵家の人間の耳元でボソボソと呟きます。

 …私には聞こえちゃったんですけどね。


 「貴族は許可無くここに近づくなと王宮から御触れが出ているはずです。速やかにここから退出しないと、ローザリンテ殿下に報告することになりますよ」


 顔色が変わるラージュ様とやら。


 「い…いやはや。女性を追いかけ回すのも野暮というものだね。今日という所はこれで失礼させていただこう。アイリ殿、またいずれ」


 慌てて出ていきましたね。子爵家の人間。


 「レイコ殿、申し訳ありません。不用意な接触は避けるよう、用があるのならまずアイズン伯爵家を通せという通達は、貴族家には行っているはずなのですが…」


 「いえいえ。お勤めご苦労さまです。知り合いの振りして突っ込んでくるのは、なかなか裁けないですよね」


 「そう言っていただけると。…いや、ここで気を緩めてはいかんですな。せっかくこんな快適な場所の仕事に割り振られたというのに。今のは、年始の宴の日にレイコ殿にちょっかいかけてきたカマン・アーウィーの息子ですよ」


 あーあー。あの大声で私が不当な扱いをされていると騒いだチャラ貴。そう言えば、今のも無駄に顔面偏差値だけは高かったな。その分、言動のせいでアホ面に見えたけど。


 「そう言えばそんなのも居ましたね。アイリさん、アレは前から知っている人なんですか?」


 「ううん。今日初めて会った」


 アイリさんがぶんぶんと首振りながら否定します。 …こういうのも、私の周囲に対する攻撃ってことになるんですかね? 引かないとローザリンテ殿下に報告なんて言ってましたけど。今更引いたからと言って報告が行かないわけはないでしょうし。 …向こうに任せてもいいかな?

 とりあえず。ここは食堂ですので、席に着きましょうか、お二人さん。


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