第6章第005話 プロポーズ大作戦

第6章第005話 プロポーズ大作戦


・Side:ツキシマ・レイコ


 仕事帰りに新ファルリード亭に寄ったアイリさんとタロウさん。商会から付いてきたチャラ貴がアイリさんにプロポーズというハプニング。

 アイリさんに押し寄せている結婚話で盛り上がるか?と思ったのですが。気のない風を装うタロウさんと、押し掛けてきたチャラ貴にちょっと白けている井戸端会議です。


 「あ…あ~、やっぱクーラーはいいなぁ… ランドゥーク商会と運輸ギルド舎の分は発注してあるけど、王都やら貴族街から大量に発注があるようだし…もう今年の夏には間に合わないって言われたよ。せめて扇風機は欲しいけど」


 タロウさんが色々ごまかすようにしながら席に着きます。なにげにアイリさんのカバーできる位置に座る当たり、この人も一応紳士なのですが。

 なのに、タロウさんはあのチャラ貴の後ろを付いてきただけですかい? 即座に「アイリは俺の女だ!」くらいは言って欲しかったもんですけど。


 アライさんがお水とおしぼり、持ってきてくれました。

 すかさずアライさんをハグしてから、出された水を飲むアイリさん。もちろん冷蔵庫使って冷やしている水ですよ。

 注文はモーラちゃんが受けています。


 「ふはーっ!おいしいっ! 私は冷蔵庫が欲しいわね。飲み物冷やしておけるだけでもありがたいわ…って、なんでみんなこっち見てんの?」


 「あのチャラ貴はともかくとして。アイリさんに縁談がいろいろ来ているって噂を聞いたんだけど。どうするのアイリさん? さっきのみたいのがいろいろ来てそうだけど」


 「チャラ貴、チャラい貴族か。うまいこと言うな」


 眉をひそめるだけのタロウさん。まぁ商会の方に話が来ているのなら知らないわけがないのですが。ヘタレですね…


 「どうするって、断るのに困っているくらいよ。私を娶ったらレイコちゃんとかランドゥーク商会と縁が出来るとか安易に考えている話ばかりよ? 余所の大店とか貴族の家に入ったら今までみたいにランドゥーク商会で働くなんてことできないだろうし。そんなところで女の私が家のことに口でも出そうなら、疎まれるのが関の山よ」


 「美人さんだからモテているって理由は考えないのね…」


 この国の人、顔が整っている人が多いのです。…これは遺伝子プールの狭さ故ですかね?

 アイリさんも、これが日本から街中でしょっちゅう声かけされるレベルですよ。


 「レイコちゃん、口がうまいわね。美人さんなら、もっと一杯いるじゃないのよ。そこのエルセニムのお姫様なんて、超がつく美少女じゃないの。それにレイコちゃんもかなりなものよ? 自覚している?」


 うん。マーリアちゃんは、もし地球のSNSにでも写真を流したら、即日百万単位で"いいね"貰えるレベルの美少女です。

 エイゼル市でも街歩いているだけで振り返る人も多いですが。まぁセレブロさんが良いボディーガードになっています。彼に睨まれて怯まない人は、そういません。

 あ、マーリアちゃんがテレってます。あーもうやっぱ可愛いなぁ。やっぱ、私よりこの子の方の警護を厚くすべきです。

 私は…まぁもしかしたら前世より可愛いかな?とは思っていますが。人種が違う上に、見た目年齢が半分以下ですからね。子供である分、美人と言うより可愛く見えるのはむしろ自然…


 「…タロウさんはどう思ってんの? タロウさんの方にも縁談とか話が来ているんでしょ?」


 「ど…どうってもなぁ。アっ…アイリの結婚…なんて話、アイリが自分で決めることだろ。おっ…俺がくっ口出すようなことじゃないし… 俺への縁談だって、露骨にランドゥーク商会への取り入りじゃないかよ。そんな結婚なんてやだよ?俺」


 うん違う。だれもそんなことが聞きたいんじゃない。

 動揺するくらいなら…まったく。


 「ん? タロウさんは、アイリさんがどっかの人と結婚すること自体はかまわないんだ?」


 「え?…いや…それはその… ア…アイリの自由だし、俺がどうこうする話じゃ…」


 『『『「ヘタレ!」』』』


 はい。ここに居る人達全員が、心の中で同じ事を叫びました。

 …エカテリンさんは声に出していますけどね。




 見ている分には面白いので、これが学園ラブコメならほっといても良いのですが。アイリさんもタロウさんももう二十歳越えます。

 本人達は積極的に乗り気というわけではありませんが、この世界では結婚適齢期ど真ん中という感じですし。二人の立場的にも、こういうのは外堀を埋められて一気に落城しかねません。


 タロウさんがアイリさんに気があるのは、まぁ見ていれば分かりますが。アイリさんは、どうなんでしょうね? 距離感は悪くないと思いますが。

 幼なじみで同じ商会の同僚、これもありがちな話ですが。近すぎて気がつかないのか、本当に異性として意識していないのか…

 …ちょっとイライラっとした空気が流れます。どうしたもんだと皆と目配せしながら案じていると。

 動きました、最年少モーラちゃん!


 「タロウさんっ! タロウさんはアイリさんとは結婚したくないんですか? 今、アイリさんが他人に取られるかどうかの瀬戸際だっての、分かってますっ?!」


 ダムッ!と、注文の飲み物をテーブルに置きながら、モーラちゃんが糾弾します。


 「おおっ…」


 誰からともなく感嘆する声が上がります。…近くの知らない人が拍手してますよ。なんか周囲の人も聞き耳立てています? みなさん好きですね。


 「いやっ!しかし! 結婚なんて話はそもそもアイリの気持ちが…」


 「結婚なんて話をするのなら、まずタロウさんの気持ちはどうなんですか? って所からでしょ?」


 「し…しかし…」


 「タロウさんっ! 想像してみて下さいっ! さっきの貴族みたいなのがアイリさんと結婚することになったとして、笑顔で結婚式に出て、アイリさんにおめでとうって言えますか?」


 「そ…それは… …そんな……そんなのはいやだ…あんなのと…」


 まだぼそぼそしていますタロウさん。…にしても押しが強いですね、モーラちゃん。


 「はいっ?! なんですかっ?! もっとはっきりとっ! 男でしょっ?!」


 「…アイリが…アイリが他の男と結婚するなんて嫌だっ!」


 「ほらっ!もう一声っ!」


 ガバっと立ち上がってアイリさんに正対するタロウさんっ!


 「アイリっ! アイリ・エマントっ! 俺と…俺と結婚してくれっ!」


 むふーっ、お見事ですっ! 主にモーラちゃんが。

 周囲からも歓声が上がります、もちろんモーラちゃんに対して。歓声に両手を振って応えるモーラちゃん。


 ただ、これはスタート地点に過ぎません。まだ大きなハードルが残っております! タロウさんの勇気のたどり着く先はいかにっ?!

 皆の視線が、今度はアイリさんに集まります。


 「え…えーと… どうすればいいの? 私」


 「さっきの貴族とか今まで来ている縁談と比べて、タロウならどうよ?ってことだな。手近なところで妥協しろとは言わないけど。貴族や大店が出張ってくるようになると、先延ばしするにしても限界あるだろ?」


 エカテリンさんが聞きますが。…本当に今までタロウさんを結婚相手として意識したことが無かった?


 「うーん。六六の孤児院に居たときからの幼なじみだし。年長長…あ、年長長ってのは孤児院の年長者の中からリーダー選んでいてね、それが年長の長ね。私が年長長していたときに、孤児院を出た後の勤め先としてタロウが私をランドゥーク商会に推薦してくれてね。それ以来仕事でもずっと近い場所にいたから、一番信頼できる男性…ではあるんだよね。側にいて緊張しなくても良いというか」


 年長長。英語ならシニアリーダーですかね。

 にしても。側にいて緊張しない、信頼できる。うーん、悪いイメージではないのですが、異性となるとちょっとインパクトに欠ける表現ですな。


 「タロウがヘタレだからだ!」


 「まぁヘタレかどうかはともかく。うーん、結婚相手かぁ…」


 アイリさん、目を瞑って上向いて、腕を組んでうーんと唸っています。


 …数分経ちました。タロウさんは、立ったままアワアワしてます。まぁ、結婚してくれ!の回答待ちでフリーズしています。背筋がプルプルしています。


 「…タロウを商品として考えたとして。品質は問題なし、仕事は出来るよね。将来性も十二分かな。値段…費用…維持費…まぁ互いに世話したりされたりで互角なのかな。今必要か…というと、なんか私が切羽詰まってるところに居るみたいだし。すぐに買わないといけない物という前提なら悪くない良い商品ではあるのよね」


 なんか本人前にして凄い批評が始まった。


 「…俺、誉められてんのかな?」


 今度はタロウさんをじっと見つめて…


 「一緒に暮らしていくってのを想像しても、嫌だなって気分が湧いてこないから。相性は良いのかもしれない」


 こんなに目の前で品定めされるプロポーズって、今まであったのでしょうか?


 「まぁ、近くにずっと一緒にいたのなら、恋愛感情なのか家族感情なのか分からなくなるのか…ね? 私もカヤンと知り合ったときはそんな感じだったしな」


 お二人とも、もとは護衛業だったとか言ってましたね。仕事中は昼夜ずっと一緒だったのでしょう。


 「うーん…嫌だってことでは無いけど。積極的に結婚したいって高揚感もないかな?… どうしたらいいと思う?レイコちゃん」


 …そこで私に振りますか?


 「お父さんが言ってた。高い買い物するときには、三日間時間を空けなさいって。その買い物をした生活、しなかった生活、一ヶ月後、一年後、壊れるまで。それを三日の間に想像してみなさいって。」


 私も幼いころ、両親に子供向けアニメの時節物の玩具とかをねだることもあったけど。後で後悔しない買い物の仕方と言うことで、お父さんが三日間ルールを教えてくれました。

 ちなみに今、レッドさんはフロントの前に寝そべっているセレブロさんの背中の上で微睡んでます。…なんか我関せずって感じですね。


 「壊れるまでって、結婚の場合は互いにどちらかが死ぬまでってこと?」


 「…地球での結婚の時の宣誓には、"死が二人を分かつまで"って文言があったわよ」


 老後の世話まで想像しろなんて話もよく聞きましたけどね。


 「なるほどね… タロウ、返事は三日待ってくれる? 結婚ともなると、やっぱすぐにはね?」


 「あ…ああ。分かった、三日後な…」


 「タロウ、ヘタレッ! ええいっ! アライさん、エールとなんか今日オススメの料理、一通りお願い!」


 「ヒャー。こちゅうもん、うけたまわりました」


 エカテリンさんが我慢できずにエールとおつまみを注文しました。まいどっ!


 「まだお仕事中でしょ? エカテリンさん」


 「今日は夕方の交代が来るまで! ほらっ!」


 エカテリンさんが入り口の方を指さすと、そこに居るは、到着したばかりの料理騎士のブールさん。


 「え?なに? 何か起きたんですか?」


 誰と無くため息がファルリード亭に流れます。

 決着は三日後となりました。はいはい、今日の所はお開きですよ。


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